カテゴリー「ふろくの花園」の44件の記事

2015年6月 9日 (火)

ふろくの花園 15.新規参入-『ちゃお』の場合

 昭和50年代前半、少女漫画雑誌は創刊ラッシュ期を迎えました。作家も読者も増加したこの時期、様々な嗜好や要望によりきめ細かく応えるために、世代・ジャンル分けされた漫画雑誌が数多く誕生しています。その流れに乗るかのように、『りぼん』と『なかよし』が美しさやバリエーションを競い合っていた“ふろくの花園”にも、2つの新しい仲間が加わることになりました。

 まずは、昭和52年10月号が創刊号の『ちゃお』。“女の子が初めて出会う少女まんが誌”として、『小学○年生』でおなじみの小学館から発行されました。
 創刊当初の作家は、上原きみこ先生、鈴賀レニ先生、樫みちよ先生、河野やすこ先生、三浦浩子先生ほか。“初めてまんがを見る子でもわかるまんが”を掲げていたのですが、中には現実的でシビアな、泥臭い人間関係を描いた作品もあり、同時期の『りぼん』をおとめちっくな雰囲気重視の「トレンディドラマ」、『なかよし』をスケールの大きな読ませる物語「大河ドラマ」だとすると、『ちゃお』は「昼の連ドラ」に例えられるかもしれません。


 創刊号のふろくは以下の7点です。

 ・ファンシーケース
 ・ロングロングシール
 ・ラブラブノート
 ・アドレス表つきマスコットバッグ
 ・かべかけスイートメモ
 ・相性テストカード
 ・生まれ月による恋のうらないブック

 このように『りぼん』『なかよし』の2大巨頭に割って入るかたちで創刊された『ちゃお』なのですが、実は創刊から10年ほどの間にふろくのスタイルを三度も変えるという、波瀾万丈の道のりをたどってきたのです。

 創刊当初の『ちゃお』のふろくは、他誌にならったノート、レターセット、紙袋などの定番品ともいえる実用小物数点なのですが、複雑な組立を必要としない、すぐに持ち歩けるケースや小物入れ、ファイルを毎号のように登場させています。大学ノートサイズの「ジョイジョイケース」と文庫本サイズの「コンパクトケース」(ともに昭和54年5月号)や、六角形の「ハッピーサマーケース(昭和54年8月号)」、ひみつの入り口がついた「ファインケース(昭和54年9月号)」など、同じようなモノが続いても形や大きさを変えて、少女たちを飽きさせないよう工夫をこらしていました。

 また、占い・料理・手芸・おしゃれをとりあげた実用記事やアイドル・お笑いなどの芸能情報を別冊として、一生使える星占いのきわめつけ「愛の星占い百科(昭和 55年2月号)」、おしゃれと手作りとクッキングの大特集「手作り大特集ティーンズHAPPYライフ(昭和55年5月号)」、美しくなるための秘訣がギッシリの「愛のおしゃれ百科(昭和55年7月号)」などのふろくにすることで、少女たちが生活の幅を広げられるように心配りがなされていました。
 特に、昭和53~57年の4年にわたって、12月に発売される1月号のふろくになった「ヒットソングブック」は、友だち同士のクリスマスパーティーや新年会に役立つだけでなく、年末年始に家族そろってレコード大賞と紅白歌合戦を楽しむこともできるという、世代間をつなぐコミュニケーションツールでもあったのです。

 “完成度の高さ”と“生活範囲の拡大”に重点をおいたふろくで、『りぼん』『なかよし』との差別化を図ってきた『ちゃお』ですが、創刊4年目を過ぎたころから少しずつ陰りが見えはじめました。
 同時期の『りぼん』『なかよし』のふろくが、大型組立ボックスや新しい素材を使用したバッグなど新しい発想やダイナミックさを感じさせる一方で、『ちゃお』のふろくはカードやカセットレーベル、シール、ポスターなど平面的で動きのないものが目立つようになり、毎月の点数も 3点ほどに減ってくるなど明らかに質が落ちてきていました。発行部数も『りぼん』『なかよし』は100万部をはるかに超えていましたが、『ちゃお』はその半分以下の 50万部ほど。時おり、組立ボックスやビニール製のバッグがついても、『りぼん』『なかよし』の後追いというイメージを読者に与えてしまい、どうしても後発誌である感は否めませんでした。

 そこで、創刊から8年目を迎えた昭和59年、『ちゃお』のふろくは思いきった方向転換をすることになったのです。

 昭和59年9月号より、これまでの実用小物数点というふろくのスタイルから、『マイラブコミックス』という単行本サイズの140Pほどの別冊まんがシリーズ1冊のみになりました。
 「ちゃおのまんが大好き。ふろくにもまんがをつけて、読みごたえを増やしてほしい」「シールやボックスもほしいけど、ドーンとぶ厚いまんがの別冊ふろくもつけて」などの、アンケートふろく希望ナンバーワンという読者の声に応えるかたちだったのですが、実のところは、売上げや小物ふろくを作るコストなど商業的な面が大きく影響していたのかもしれません。ただ、作家とまんがに関しては他誌と比べて遜色がないという手ごたえが編集部にはあったようで、思い切って本誌のページを増やし、まんがに力を入れることにしたのです。それでも別冊というかたちでふろくを残したのは、“雑誌にふろくがついている”というお得感を読者に与えたかったからなのでしょう。


 「ちゃおのふろくがなくなった!」少女たちの間に衝撃が走りました。
この別冊ふろく1冊のみというスタイルは、その後3年ほど続くのですが、読者からの「以前のふろくのほうがよかった」という声があったからなのか、ノート、レターセット、ポスターなども次第にプラスされるようになり、『マイラブコミックス』は昭和 62年11月号でシリーズ終了となりました。

 昭和62年の終わりごろから、『ちゃお』のふろくに紙バッグ、ファイル、ノート、レターセットなどの実用小物が再度登場します。ただ創刊当初とは異なり、あえて点数を 1~3点と絞り、その分上質の紙を使ったり、ノートのページ数を増やしたりと、使用する素材の質を高めました。またデザインや色使いも市販のグッズを意識してか、動物のキャラクターイラストが中心で、少女まんがらしさや子供らしさを極力おさえています。こうして、数は少ないながらも豪華さと大人っぽさを強調することで、他誌とは違う“ちゃおブランド”のふろくを少女たちにアピールしていたのです。


 しかし、その“高級志向・少数精鋭主義”も1年ちょっとと長くは続かず、時代が平成に変わるころには、他誌と同じく連載漫画のキャラクターが描かれた文房具数点のふろくスタイルとなり、平成5年ごろからは点数も増えていきました。4年と数か月という短い間に行われた『ちゃお』のふろく戦略も、創刊当初のスタイルに戻ることで終結したのです。

 『ちゃお』のメインターゲットは小学校高学年の女子なのですが、実際の読者層はもっと幅広いため、小物ふろくのほうが彼女たちの好みに合わせやすく、特に年少の読者はまだ嗜好が定まっていないこともあり、実用文房具だけでなくおもちゃ的なものまで、様々な種類のものをそろえる必要があります。こまごまとしたふろくがセットされている袋を開けて何が入っているかを見る楽しみもあるため、少女たちにとってはたとえ上質のモノでも、点数が少なければ受け入れられない場合もあるのです。

 ふろくのスタイルを創刊から三度も変えるという、目まぐるしくも大胆かつ柔軟なふろく展開は、これまでの伝統にとらわれる必要のない後発誌だからこそとれた戦略なのかもしれません。これらの試行錯誤によって、もともと持っていた読者への心配りに加え、読者である少女たちがふろくに何を求めているのかをつかむことができたのでしょう。
 『ちゃお』は現在でも『りぼん』『なかよし』といっしょに、少女たちにふろくを届けつづけています。

〈参考文献〉
『別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界2』平凡社 1991年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2007年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2007年

※2008年8月に書いたものを投稿しました

2015年6月10日 (水)

ふろくの花園 16.新規参入-『ひとみ』の場合(前)

 『ちゃお』の創刊から半年後、もうひとつの新しい仲間が「ふろくの花園」に加わりました。

 それは、『少年チャンピオン』でおなじみの秋田書店から発行された『ひとみ』。創刊は昭和53年4月号なのですが、実は昭和30年代にも一度、同名の少女雑誌が発行されていたのです。

 『りぼん』『なかよし』の創刊から3年後、昭和33年8月号が初代『ひとみ』の創刊になります。これらの少女雑誌は、すでに発行されていた『少女ブック』『少女クラブ』などよりも年少の、とりわけ“ベビーブーム世代”と呼ばれる、昭和22~24年生まれの少女たちをメインターゲットにしていました。また昭和33年前後は、作家たちの様々な才能が花開き、少女漫画の基盤が形づくられていった時期ともいわれています。本格的な少女漫画時代の幕開けと時を同じくして、圧倒的な人数をほこる新しい世代の読者たちを得た少女雑誌界。その盛り上がりは、昭和50年代前半の少女漫画雑誌の創刊ラッシュ期とどこか似ているような気がします。

 初代『ひとみ』の内容は、子役スターの表紙やグラビア、漫画よりも幅をきかせていた絵物語、そして欄外ハシラの一行豆知識など、まだ完全な漫画雑誌にはなっていない少女向けの総合情報誌という、当時の少女雑誌のスタイルを踏襲していました。

 創刊号のふろくは以下の5点です。

 ・トモ子ちゃんもしている うでかざり
 ・夏のジュニアバッグ
 ・別冊まんが 月のひとみ

 ・別冊まんが バレエ靴のひみつ
 ・夏休みレターセット

 その後もレターセットや手帳、紙袋にはじまり、昭和30年代ならではの様々なふろくを少女たちに贈り続けました。

 本誌の連載漫画の続きを楽しめる別冊漫画、ブロマイドをはじめとした人気スターグッズ、学習に役立つ「全国名所パノラマえはがき(昭和33年9月号)」「少女のための社会科事典(昭和36年2月号)」、バレエをとりあげた「バレエブローチ(昭和35年10月号)」「バレエ立体えはがき(昭和36年2月号)」、アクセサリーやファッション小物も「クリスマス十字架うでかざり(昭和33年12月号)」「プリンセスネックレス(昭和34年2月号)」「金のちょうちょうブローチ(昭和35年6月号)」「プリンセス水泳帽&ひとみサングラス(昭和34年7月号)」、「おしゃれベルト(昭和34年5月号)」「おしゃれチーフ(昭和35年11月号)」など多数。

 洗濯もOKの「ペパロン製エプロン(昭和33年9月号)」や交通標識をデザインした「サイン・ブローチ(昭和36年3月号)」には“これだけでもデパートでかえば百円します”や“今、東京で大流行”といった少女たちの心をくすぐるコピーが踊ります。

 もちろん、「おしゃれうちわ(昭和34年9月号)」「手芸人形(昭和35年5月号)」ほか、当時絶大な人気を誇っていた内藤ルネ先生デザインのふろくも忘れていません。

 さらに、皇太孫(当時)の誕生記念ふろくである「王子さま王女さま?写真スタンド(昭和35年4月号)」は、本誌と同じB5サイズの豪華版写真立て。左側に皇太子さま(当時)、右側に美智子さまの写真が印刷され、中央に生まれた赤ちゃんの写真を入れて机などに飾るという、“ご生誕”に沸いた世の中の熱気を感じ取ることができるふろくです。

 しかし、初代『ひとみ』は創刊からわずか3年弱、昭和36年4月号で休刊(※注)となってしまいました。秋田書店は同時期に『中学生画報』『小学生画報』を新たに発行しており、低学年の少女向きに特化した雑誌よりも、より幅広い層を対象とした児童・生徒向けの雑誌に力を入れることにしたようです。

 最終号のふろくは以下の5点+本誌とじこみ1点でした。

 ・花のヘアーバンド
 ・別冊ひとみカラーアルバム
 春のヨーロッパ
 ・ナプキンつき
 お料理セット
 ・別冊まんが あした光る星

 ・別冊まんが スーパーローズ
 ・本誌とじこみ スタージャケット

 次号の本誌、ふろくのお知らせがないところは最終号らしいのですが、ほとんどの連載が「5月号につづく」になっていたり、読者ページなどはお便りを引き続き募集中、休刊についての告知やあいさつも見当たらなかったため、本当にこの号で休刊になるようには思えませんでした。当時どのような進行で雑誌がつくられていたのかはわからないのですが、もしかしたら、休刊は急に決まったことだったのかもしれませんね。

 それから17年後に再び発行される、昭和50年代の『ひとみ』については後編へ。

※注:『国立国会図書館 NDL-OPAC』の「休・廃刊注記」では「以後廃刊」になっています
〈取材協力〉
弥生美術館
〈参考文献〉
『別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界2』平凡社 1991年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2007年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2007年

※2008年8月に書いたものを投稿しました

ふろくの花園 17.新規参入-『ひとみ』の場合(後)

 初代の休刊から17年の時を経た昭和53年、少女たちのもとに『ひとみ』が再び戻ってきました。創刊当初の作家はあしべゆうほ先生、細川知栄子先生、イケスミチエコ先生、しらいしあい先生、せがわ真子先生、星合操先生ほか。掲載された漫画の中では、フィギュアスケートを題材にした「虹色のトレース(田中雅子先生・昭和53年9月号~)」が印象に残っています。スケート初心者の主人公が選手としてステップアップしていく過程を、競技ルールや技の説明とともにわかりやすく描いており、小学生だった私はこの漫画がきっかけで、フィギュアスケートのファンになりました。


 創刊号となる、昭和53年4月号のふろくは以下の9点。

 ・せがわ真子のファンシーバッグ
 ・アーリーアメリカンレターセット
 ・プチラック
 ・ペアブックマーク
 ・ひとみオリジナル時間わり
 ・わたしのボディーメモ
 ・ひとみプリティープレート
 ・ラブリィーアドレスカード
 ・チーコのチャーミングシール

 『りぼん』『なかよし』『ちゃお』同様、文房具などの実用小物数点をベースとしていました。しかし、まだなじみの薄い新雑誌を少女たちの目に留めさせるため、創刊当初の『ひとみ』のふろくには、他誌では見られなかった独自のアイディアが盛り込まれていたのです。

 まずは、少女たちが大好きな星占いコーナー。他誌では見開き2ページが主であったこのコーナーを、昭和54年9月号から約5年もの間、別冊ふろく「星占いハンド・ブック」として独立させることに。毎月の運勢に、「BF星座別アタック法」「星座別母親操縦法」「星占い式シェイプアップ法」「星占いで見る世界の大異変」「マイ・フレンドのつくりかた」「新学期実力アップの勉強法」などの月替わり特集ほか、B6サイズ・30ページ前後のボリューム満点&本格的な内容です。これを手に取った少女たちからの反響も大きく、「学校でも大人気だよ!」「あたってる!」「ひとみの星占いってすごい!」といった絶賛の手紙が毎号のように寄せられていました。

 ふろくのノートやファイルの裏表紙、紙袋の底などには、“りぼん○月号ふろく”“なかよし○月号ふろく”といった表記が、割と目に付く色や大きさで印刷されていることがあります。雑誌の付録には、「雑誌名と月号を記載し、その雑誌の付録であることを明示する」という決まりごとがあるからなのですが、「かわいいから学校で使いたいんだけど、これだとふろくってわかっちゃうからちょっとイヤだな……」と、頭を悩ます少女も。そこで、『ひとみ』のふろくは“Presented by HITOMI ~”という英文表記を付け、本来の“ひとみ○月号ふろく”の表記を省くか、ごく小さな文字で目立たぬ場所に置くことで、ふろくであることをバレにくくしました。“○月号ふろく”の部分をテープやマジックで隠したりしなくても、これなら気軽に学校に持って行けそうですね。また、「横文字で何か書いてあって、大人が持ってるモノみたいでカッコいい!」と、ちょっぴりおませな少女たちの心をくすぐって、『ひとみ』のふろくを好きになってもらおうという狙いもあったようです。

 横文字を使用して、大人っぽさやカッコよさを印象付けるという点では、ローマ字をまだ習ったばかりの小学生にとって、あまりなじみのない英単語をふろくの名前に多用したこともアイディアの一つです。「ラブリー・ファイル」「プリティ・バッグ」「ファンシー・ブックカバー」「メルヘン・ラック」など、カタカナ語として一般的なものが他誌ではよく使われています。しかし『ひとみ』はあえて、「ワンタッチシール・ディスペンサー(昭和53年6月号)※ワンタッチで取り出せるシールBOX」「ハイセンス・ライティング・シート(昭和53年8月号)※下じき」「ロンギング(longing=あこがれ)・バッグ(昭和53年10月号)」「インレイド(inlaid=はめ込んだ)・メモ・ボード&メモ・ピクチャー(昭和54年10月号)※メモ・ピクチャーをメモ・ボードに差し込んで飾る」などの、意味のわかりにくいものも使用。それは、「『ひとみ』のふろくは、他の雑誌よりも“カッコよくて、オシャレで、オトナっぽい”特別なグッズなんだよ」という少女たちへのメッセージでもありました。

 これらのふろくは色使いもシックで落ち着いていたこともあり、実用性だけでなく、子供っぽいちゃちなモノをつい敬遠してしまう少女の気持ちを汲み取った、“本格的で、オトナっぽい、ファッショナブルなもの”を追求していたようです。そう考えると、冒頭に述べたフィギュアスケートの漫画も、キレイな衣装を着て技の美しさを競い合うファッショナブルな競技を、本格的なスポーツロマンとして描くという、“ファッション性・本格志向”を体現した一つの例だったのでしょう。『りぼん』の持つおとめちっくなお姉さんぽさとはまた一味ちがう、個性的でカッコいいオトナっぽさと、見ている人は少ないけれど見た人はハマってしまう面白さを持っていたということで、当時の『ひとみ』は深夜に放送されるスタイリッシュなドラマを思わせます。

 「星占いハンド・ブック」や難しい横文字の名前をつけたふろくがなくなった後も、“独自のアイディア・ファッション性”を大切にしてきた『ひとみ』とそのふろくなのですが、創刊から13年後の平成3年、二度目の別れがついにやってきてしまったのです。秋田書店は昭和の終わりごろから、『サスペリア(昭和61年)』『ミステリーボニータ(昭和62年)』といった少女漫画誌のほか、当時流行り始めていたレディースコミック誌を相次いで創刊させていました。『りぼん』『なかよし』が圧倒的な強さを誇る中、初代休刊の時と同じく、低学年の少女向けに特化し、わざわざ付録までつけた雑誌の必要性をもう感じなくなったからなのかもしれませんね。 

 最終号となる、平成3年8月号のふろくは以下の4点。

 ・ゆりのサマータイムレターセット
 ・やよいの夏休みレターセット
 ・ひとみサマーポストカードセット
 ・みほのいろいろサマーカード

 この号には、初代の最終号に見当たらなかった休刊のあいさつが載っていたため、「愛読者の少女たちに、今度はきちんとケジメをつけることができたんだ」と、少し救われた気持ちになりました。ただ、最終号の表紙をめくり、カラー口絵に次号ふろくのお知らせがなくなっているのを見て、なんともいえない寂しさを感じたことに変わりはありません。

 どちらの創刊も少女漫画雑誌の創刊ラッシュ期という似たような時期でした。少女漫画雑誌の世界が賑わいを見せるときに姿を現す『ひとみ』。はたして、三度目の登場はあるのでしょうか。

 方針を変えながらも生き残りの道を探った『ちゃお』と、当初の方針を持ち続けて身を引いた『ひとみ』。結果的に正反対の方向に進むことになりましたが、『りぼん』『なかよし』という伝統ある2誌と同じフィールドで競い合うために、いかに差別化を図るかということは共通の課題でした。まだ世間に十分に知れわたってない新しい雑誌を、少女たちにいかにして手にとってもらうか。そこで、人気作家・漫画に依存しなくても純粋にアイディアで勝負できるふろくは、まだ漫画のことがよくわからない少女たちにも、自分たちの雑誌や漫画の魅力をアピールできる絶好のツールになりえたのです。

 このように、新規参入2誌のふろくへの取り組みをみることで、今まで“ついていて当たり前”と思っていた少女漫画雑誌ふろくの役割・重要性が、少しだけでも感じ取れたような気がします。

 それでは、『りぼん』『なかよし』『ちゃお』『ひとみ』の4誌が咲き乱れる、昭和50年代以降の「ふろくの花園」へ、これからみなさまをご案内いたします。

〈参考文献〉
『別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界2』平凡社 1991年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2007年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2007年

※2008年8月に書いたものを投稿しました

2015年6月26日 (金)

ふろくの花園 18.雑誌が生んだ人気者 (1)マスコットキャラクター

 昭和40年代後半、『なかよし』と『りぼん』は少女雑誌から少女“漫画”雑誌へと完全に姿を変え、昭和50年代前半には『ちゃお』と『ひとみ』が創刊されました。この4誌で美しさやバリエーションを競い合う昭和50年代の「ふろくの花園」は、これまでのように世の中の流行や少女たちの好きなもの、いわゆる世間の“人気者”をそのまま各誌で共有するのではなく、それをベースにして各誌オリジナルの“人気者”を次々と生み出していきます。
 その先の時代へとつながる、雑誌生まれの「キャラクターグッズ」の花園はどのように造られていったのでしょうか。

 少女漫画ふろくのキャラクターグッズ化をまず大きく後押ししたのは、サンリオをはじめとする市販のキャラクターグッズの大流行です。
 昭和46年に東京・新宿に直営店「ギフトゲート」第1号店をオープンさせたサンリオは、昭和49年に「ハローキティ」「パティ&ジミー」、翌50年に「リトルツインスターズ(キキとララ)」「マイメロディ」など、現在でもおなじみのオリジナルキャラクターとそれらのイラストが描かれた商品を続々と世に送り出しました。
 サンリオのほかには昭和53年ごろから、『学習・科学』でおなじみの学研が、ビクトリアファンシーシリーズとして「タイニーキャンディ(帽子をかぶった女の子)」「スリービッグリーズ(カバ・ゾウ・サイのトリオ)」、ソニークリエイティブプロダクツが「タマ&フレンズ(三丁目のタマ)」「バイキンくん」などのキャラクターグッズを発売しています。

 これらのキャラクターはただの“動物や女の子のかわいいイラスト”であるだけでなく、名前、性格、家族構成、住んでる場所、好きな食べ物、誕生日などの設定や背景があらかじめきちんと作られていて、キャラクターごとにストーリーを持っていたことが、これまでのファンシーイラストから進化した新たな魅力でした。
 ただの「登場人物」であるだけでなく、「性格、人格、その人の持ち味」という意味も持つ「キャラクター」という言葉どおりの存在なのです。
 思い返せば、サンリオグッズを持つ前は、筆箱や水筒に描かれた女の子のイラストに自分で「○○ちゃん」と勝手に名前をつけたり、「亜土ちゃんグッズ」などイラストを描いていた人のほうが印象に残っていたような気がします。

 学校や習いごとに持っていけるいろいろな文房具、おうちでつかう身の回りの生活用品など、これまでとは種類も数も格段に増えたグッズを買うために、少女たちは少ないおこづかいを子どもながらにやりくりして、近所のショップに足を運んでいたのです。そんな少女たちの楽しみはお店にならんだグッズだけではなく、プレゼントを買うと袋に貼りつけてもらえるオマケや、買った金額に応じてメンバーズカードに押してもらえるスタンプを集めることにもありました。
 オマケ欲しさに自分のものを買ったときでも「プレゼントにしてください」と言ったり、友だちがまだ行ったことのないショップのメンバーズカードを持っていることがちょっぴり自慢だったりと、グッズショップはもはや生活の一部となり、少女たちにとっての“駄菓子屋”だったのです。


 世の中の流行、少女たちの好きなもの、欲しいものを詰め込んできた少女(漫画)雑誌ふろくが、この一大ムーブメントを見逃すはずはありません。
 これまでなら市販のキャラクターをそのまま各誌で共有していたかもしれないのですが、昭和50年代を迎え、少女漫画はもう十分世間に認知されており、各誌に作家も揃っています。 市販の人気キャラクターグッズのテイストを取り入れた、それぞれの雑誌生まれのいわゆる「マスコットキャラクター」が描かれたふろくが登場しはじめたのです。

 「マスコット」という言葉には「幸運をもたらすお守りとして身近に置いて大切にする物。多くは人形や小動物。また、企業やイベントなどのシンボルとなるキャラクター」という意味があり、「マスコットキャラクター」はその雑誌を代表する存在ともいえるでしょう。

 昭和50年代初めの各誌のマスコットキャラクターは
  りぼん:キノコキノコ(キノコの姿をした妖精(?)・昭和47年12月号から連載開始)
  ちゃお:フリップ&フラップ(犬のような小動物)、ファニー&フレッド(男の子と女の子)
  ひとみ:ひとみのトミーくん(男の子)
 などがあげられます。


 ただの“かわいいイラスト”だけではない、設定・物語のあるキャラクターのふろくは、漫画と組み合わせてアピールしやすいのですが、少女漫画の繊細な絵柄をそのまま小物ふろくのイラストにすると、細かすぎてつぶれてしまうことがあります。そのため、ふろくによっては頭身を大きくするなどイラストを簡略化して、シンプルでかわいいキャラクターグッズのスタイルに近づけています。


 シンプルでかわいいキャラクターのイラストは小物が多い少女漫画のふろくにピッタリのため、デフォルメが許される4コマやショート、ギャグ・コメディ枠で、動物が主人公の漫画が連載されたり、繊細な絵柄のストーリー漫画でも、主人公のペットやお目付役として動物のようなかわいいキャラクターがしばしば登場することを考えると、もしかしたら、ふろくのための連載、ふろくのためのキャラクターというものもあるのかもしれないですね。

 そして、雑誌生まれのマスコットキャラクターといえば、『なかよし』の「わんころべえ」を忘れてはいけません。
 昭和51年1月号から連載開始となった「わんころべえ」は、なんと40年近くたった現在でも『なかよし』の4コマ枠をしっかりと確保しています。連載開始当初のふろくを見ると、サンリオグッズのテイストを取り入れて雑誌独自のものを作り出そうとしていることが感じとれます。
 まさに『なかよし』だけではなく、少女漫画雑誌を象徴する「ザ・マスコットキャラクター」なのです。


 雑誌生まれのマスコットキャラクターは、少女たちの間に流行ったものに自分たちの雑誌のテイストを加えて発信することで、昭和50年代の各誌の個性を形成するもののひとつとなりました。本格的なストーリー漫画だけではなく、これらのキャラクターが主人公の4コマ漫画などを掲載することで、雑誌の内容を幅広くすると同時に、ふろくにとってもかわいらしさ・キャラクター性を強調できるという役割も持ち合わせています。
 マスコットキャラクターの登場は、雑誌生まれの本格的なキャラクターグッズ時代の幕開けであり、シンプルなかわいらしさでまず年少読者をひきつけることができるそのふろくは、現在でも雑誌における重要な戦力となっているのです。

2015年7月 4日 (土)

ふろくの花園 19.雑誌が生んだ人気者 (2)憧れの先生・まんが家

 昭和40年代に入り、少女“漫画”雑誌へと姿を変えつつある『なかよし』と『りぼん』。昭和42年に「りぼん新人賞」が創設され、また昭和44年には「なかよしまんがスクール」がスタートするなど、雑誌が主催する新人まんが賞やまんがスクールから次々と作家がデビューします。昭和40年代後半には、漫画雑誌の要となる漫画作品を生み出す“まんが家”たちが各誌に揃いだし、雑誌独自の持ち味・個性を発信する準備が整っていきました。

 そして昭和50年代を迎えるころから、それぞれの雑誌で執筆していたまんが家たちが雑誌生まれのスターとして、テレビの人気スターのように前面に押し出されていったのです。

 すでに人気を得て活躍している作家だけでなく、デビューして間もない新しい作家も多かったこの頃のふろくは、ショートギャグ・メルヘン枠のマスコットキャラクターや超人気連載を除いて、漫画の登場人物よりもまんが家の名前のほうを主に印象付けていました。「うちの雑誌にはこんなスターがいるんだよ」と、まず名前や絵柄を知ってもらうためだったのでしょう。

 通常は“先生”とよばれているまんが家ですが、その呼び方は低学年の少女にとっては、ちょっと堅苦しくて距離のある存在という印象を与えてしまうかもしれません。そこで各誌は、まんが家たちを下の名前で“○○ちゃん、○○ちゃま、○○タン”などと呼んだり、ニックネームをつけたりすることで、友だちのような親しみやすさを感じさせたのです。

 『なかよし』では、たかなししずえ先生→しい、高橋千鶴先生→ちるる
 『りぼん』では、太刀掛秀子先生→デコタン
 『ちゃお』では、三浦浩子先生→ロコ、池田さとみ先生→トミー、佐香厚子先生→アコ、河野やす子先生→ヤッコ
 『ひとみ』では、イケスミチエコ先生→チーコ、大谷てるみ先生→テリー、田中雅子先生→MAA〈マー〉、英洋子先生→ヨッコ、曽根富美子先生→ふ~みん
 などのニックネームがありました。

 創刊されたばかりの『ちゃお』と『ひとみ』は、やはり新しい雑誌のスターたちを早く知ってもらいたかったのでしょう。「ヤッコのメルヘンケース(ちゃお 昭和54年12月号)」「トミーのタウンバッグ(ちゃお 昭和55年6月号)」「MAA〈マー〉ちゃんのイラスト&ポエムパネル(ひとみ 昭和53年9月号)」「テリーのガリ勉時間わり(ひとみ 昭和54年4月号)」のような、まんが家のニックネームをつけたふろくがよく目につきました。

 また、“○○先生のグッズ”であることを強調する表現のひとつとして、「ちるるチックメルヘンバッグ(なかよし 昭和53年11月号)」「ヨッコチックフィーリングバッグ(ひとみ 昭和54年10月号)」といった“おとめちっく”や“ロマンチック”にならった、“○○(まんが家名)+チック(~的な、~らしい)”という言葉もふろくの名前に使われていました。

 こうして、雑誌発のスターとなっていったまんが家たちですが、テレビのスターと違いまんが家自身がグラビアになることはまずなかった時代でもあり、少女たちは「どんな人がこの漫画を描いているんだろう?」とその姿が見えない神秘性にも憧れを抱いていました。そんな少女たちのために、まんが家の情報を載せたふろくが届けられます。「なかよしまんが新聞 まんが家大百科特集号(昭和51年6月号)」「なかよしまんが新聞 まんが家のひみつ大特集号(昭和54年12月号)」「りぼんコミックノートブック(昭和53年1月号)」「ちゃおまんが家新聞(昭和55年12月号)」などには、憧れのあの先生の生年月日を含むプロフィールや近況報告はもちろん、なんと顔写真まで公開されていました。


 さらに、人気まんが家の生声メッセージが聴けるふろくも登場します。「人気まんが家DJ〈ディスクジョッキー〉レコード(りぼん 昭和46年5月号)」「人気まんが家 声のおたよりレコード(なかよし 昭和55年5月号)」は、どちらも5分程度の赤いソノシートです。


 「人気まんが家DJ〈ディスクジョッキー〉レコード」は題名どおり、一条ゆかり先生、井出ちかえ先生、もりたじゅん先生の3人の人気まんが家が、当時流行していたラジオのDJ番組風に曲紹介やポエム風近況報告、人生相談などをノリノリのトークで進めていきます。
 「人気まんが家 声のおたよりレコード」は、いがらしゆみこ先生、たかなししずえ先生、高橋千鶴先生、原ちえこ先生、牧村ジュン先生、あさぎり夕先生、佐藤まり子先生の7人の人気まんが家が、優雅なワルツ風の音楽にのって近況報告をしていきます。特に原ちえこ先生の「失恋したときに髪をバッサリ切るということをしてみたくて、髪を少しずつ伸ばしている。しかし、失恋をするためにはまず恋をしなくてはいけないことに気が付いた」というメッセージは、なかなか深いものを少女たちに伝えています。
 『なかよし』『りぼん』両誌の人気まんが家の生声メッセージが吹き込まれたソノシート。少女たちはこれを聴くことで、漫画の向こうにいるスターたちの素顔を少しだけでも垣間見ることができたのでしょう。

 テレビのスターと同じように少女たちの心をつかんでいったまんが家たちですが、テレビのスターにとってのブロマイドにあたるものは、まんが家自身の写真ではありません。まんが家にとってのそれは、なんといってもイラストなのです。
 「人気まんが家デラックス原画集(なかよし 昭和54年7月号)」「りぼんギャラリー12(りぼん 昭和55年7月号)」は、雑誌と同じ大きさの上質な紙に印刷された1枚ずつの複製原画集で、少女たちはその美しさをただ部屋に飾って眺めているだけではなく、お気に入りのイラストを、好きなスターの切り抜きと同じように透明のカードケースに入れて学校に持って行き、下じきとして使ったりもしていました。テレビのスターもまんが家の先生も、少女たちにとっては同じスターであったことがよくわかりますね。


 そして、人気まんが家が描いた漫画を読んで、「自分もこんな漫画を描きたい、まんが家になりたい」と憧れをつのらせる少女たちも当然のように現れます。
 朝日新聞 昭和45年11月2日の朝刊記事『現代っ子の「なりたい職業」は…』によると、東京のあるおもちゃメーカーが全国の小学校4年生~中学2年生1000人を対象に「将来なりたい職業」についてアンケート調査をした結果、“まんが家”が女の子のなりたい職業の7位に入っています。これについて「まんが全盛時代の反映か」というコメントがあり、この頃からすでに“まんが家”が子どもたちに職業として認知されていたことがわかります。昭和50年代後半に書かれた自分の小学校の卒業アルバムを調べてみても、クラスに2人ぐらいは将来の夢に“まんが家”をあげていて、子どもの憧れの職業として代表的なものになったといえるでしょう。

 雑誌から生まれ、雑誌の持ち味・個性を確立していく“まんが家”というスター。そのスターに憧れてまんが家をめざす少女たちがまた次のスターになる……
 子どもたちの生活に今や欠かせなくなった“漫画”という文化は、こうして広がっていくのです。

2015年7月17日 (金)

ふろくの花園 20.雑誌が生んだ人気者 (3)連載漫画のTVアニメ化

 各雑誌から生まれていった“まんが家”というスター。昭和50年代後半からは、そのスターたちが描く漫画と登場人物が、雑誌生まれの新たなスターとなっていきます。その流れを強力に推し進めたのが、連載漫画のTVアニメ化という別メディアとのタッグでした。少女たちは雑誌で漫画を楽しみながら、「あの漫画の○○ちゃんや△△ちゃんが動いてしゃべるなんて!」とTVの前でドキドキワクワクしていたものです。

 日本で最初に登場した少女漫画原作のTVアニメは、『魔法使いサリー』(りぼん 昭和41年7月号より連載/昭和41年12月より放送)といわれています。連載当初のタイトルは『魔法使いサニー』だったのですが、TV放送時に商標登録の関係でタイトルを変えざるを得なかったという“大人の事情”があったそうです。
 その他、昭和40年代には『リボンの騎士』(なかよし掲載)や『ひみつのアッコちゃん』(りぼん掲載)がTVアニメになっています。

 昭和50年代に入り、まずスターになった連載漫画と登場人物は、『なかよし』に掲載された『キャンディ・キャンディ』でした。昭和50年4月号に連載が開始された当初から、「おしゃれケース スイート・キャンディ(昭和50年5月号)」「キャンディの貯金箱(昭和50年6月号)」など、主人公の名前をふろくに入れており、登場人物を前面に押し出しています。昭和51年10月のTVアニメ放送開始の際には「なかよしまんが新聞 キャンディ特集号(昭和51年10月号)」で「ビッグニュース! キャンディがいよいよテレビに登場!」と大々的に取り上げられました。

 同じ『なかよし』掲載の『おはようスパンク』(昭和53年2月号および昭和55年10月号より連載)も、昭和56年3月よりTVアニメ化されました。この漫画は連載が一度中断し、絵を描いたたかなししずえ先生はその間に他の作品を連載しています。しかし、連載が中断しているにもかかわらず、毎号のようにスパンクが描かれたふろくがついていたのですから、人気の程がうかがえますね。可愛らしい犬のスパンクは、わんころべえとならぶ『なかよし』のマスコットキャラクターだったのです。


 また、創刊されたばかりの『ちゃお』と『ひとみ』でも、『若草のシャルロット』(ちゃお 昭和53年1月号より連載/昭和52年10月より放送)や『魔女っ子チックル』(ひとみ 創刊号・昭和53年4月号より連載/昭和53年3月より放送)がTVアニメになりました。ただ、この2作品は漫画の連載開始よりもTV放送開始がやや早いため、TVアニメ作品の漫画化といったほうがよいかもしれません。

 昭和50年代の『りぼん』といえば“おとめちっく”の全盛期で、スター作家たちとその絵柄の世界観を前面に押し出し続けていましたが、TVアニメ化された『ときめきトゥナイト』(昭和57年7月号より連載/昭和57年10月より放送)の人気が、作家重視から作品重視への転換点となりました。
 TVアニメにはなっていませんが『月の夜 星の朝』(昭和58年2月号より連載・昭和59年に実写映画化)』や『星の瞳のシルエット』(昭和60年12月号より連載)などの人気漫画を次々に生み出します。『キャンディ・キャンディ』終了後の『なかよし』が発行部数を落としていたこともあってか、昭和56年には発行部数を逆転し、昭和60年には200万部に到達。その後もさらに上昇を続け、「200万乙女のバイブル」と呼ばれるようにもなりました。

 そして、時代が平成に変わると、各誌の連載漫画が競うようにTVアニメ化されはじめ、本格的な漫画作品・キャラクター時代へと突入していきました。その頃にTVアニメ化された少女漫画といえば、なんといっても

 『ちびまる子ちゃん』(りぼん 昭和61年8月号より連載/平成2年1月より放送)
 『美少女戦士セーラームーン』(なかよし 平成4年2月号より連載/平成4年1月より放送)

 の2作品です。『なかよし』『りぼん』を読んでいなくても、この漫画やアニメのことを知っている人は多いでしょう。

 TVアニメを見て漫画のことを知った人が雑誌を買うという、新たな読者を獲得したことで、発行部数が増えていったのです。『なかよし』は昭和50年代後半から発行部数が伸び悩んでいましたが、この『セーラームーン』が大人気となり、平成5年には前年の150万部から210万部と一気に200万部越えを果たし、これが最高の発行部数となりました。『りぼん』の発行部数も平成6年の255万部が最高となっています。

 TVアニメ化された人気漫画が掲載されているということは、雑誌にとって“TVでやってるあの漫画が読める雑誌だよ”というステイタスになります。いかにアニメ化できるような人気漫画・人気キャラクターを生み出すかも、このころの各誌の命題でした。

 ふろくにおいても、アニメになった人気漫画をバックアップするかのように、まんが家のイラストだけではなくアニメ画を使用したものも登場しました。アニメ版のガイドブックや、多くの絵をのせられるトランプなどがよく見られます。これらのふろくはアニメのキャラクターグッズでもあり、通常のアニメグッズはお店に行けば買えますが、ふろくは雑誌を買わないと手に入りません。ふろくが雑誌オリジナルのアニメキャラクターグッズになったことで、その希少性と付加価値がさらに高まっていったのです。

 以下は昭和60年代~平成10年ぐらいまでにTVアニメ化された、各雑誌の主な連載漫画です。

 ★なかよし★
 『きんぎょ注意報』(平成元年2月号より連載/平成3年3月より放送)
 『怪盗セイントテール』(平成6年10月号より連載/平成7年10月より放送)
 『カードキャプターさくら』(平成8年6月号より連載/平成10年4月より放送)


 ★りぼん★
 『ママレード・ボーイ』(平成4年5月号より連載/平成6年3月より放送)
 『赤ずきんチャチャ』(平成4年10月より連載/平成6年1月より放送)
 『こどものおもちゃ』(平成6年8月より連載/平成8年4月より放送)
 『ナースエンジェル りりかSOS』(平成7年1月号より連載/平成7年8月より放送)
 『ご近所物語』(平成7年2月号より連載/平成7年10月より放送)


 ★ちゃお★
 『水色時代』(平成3年6月号より連載/平成8年4月より放送)
 『ウェディングピーチ』(平成6年3月号より連載/平成7年4月より放送)
 ★ひとみ★
 『レディ!!』(昭和61年10月号より連載/昭和62年4月より放送) 

 可愛らしいマスコットキャラクター、芸能界のスターみたいなまんが家、TVアニメ化されるほどの人気を持つ漫画とキャラクター。昭和50年代にそれぞれの雑誌から生まれた3つの人気者〈スター〉の活躍により、各雑誌はキャラクター(個性)を持ち、独自の漫画・キャラクター(登場人物)で競い合える少女漫画雑誌へと姿を変えていきました。
 そしてふろくも、憧れの先生たちが描く漫画の人気が大きくなることで、“○○先生の”というまんが家のグッズから、“(○○先生の)◇◇(という漫画)の△△ちゃんの”という人気漫画のキャラクターグッズの時代に突入していったのです。
 それぞれの庭師によって形造られていった、『なかよし』『りぼん』『ちゃお』『ひとみ』オリジナルの「ふろくの花園」は、昭和50年代から60年代を経て平成に入り、どのような新世紀を迎えることになるのでしょうか。

※文中の発行部数は公称です

〈参考文献〉
『日本のアニメ全史』山口康男 編著 テン・ブックス 2004年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2014年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2014年

2015年8月20日 (木)

ふろくの花園 21.規制への挑戦 (1)紙でどこまで作れるか

  『なかよし』と『りぼん』が生まれる以前から、雑誌とその付録は、国鉄を使って特別な運賃で日本各地に輸送されていました。円滑に輸送を行うため、国鉄は雑誌特別運賃制度の規定において、付録の大きさや量、使用できる材質一つ一つについて、個数、厚さ、長さ、大きさ、重さなどをこと細かに定めていたのです。そして、雑誌出版社は付録の試作品を国鉄に見せ、規定を満たしているかどうかの許可をもらう必要がありました。許可を得た付録には「昭和○年○月○日国鉄首都付録材質承認第○号」といった承認番号が表示されています。
 『なかよし』と『りぼん』の創刊当初に別冊ふろくが多かったのは、その少し前に少年雑誌の付録合戦が過熱したことによる材質制限が行われたことの影響があったからのようです。また、『ひとみ』昭和34年5月号には、特別運賃で対応できる付録の重量がこれまでより少なくなる規制が実施されたことについて、「こんど国鉄のおじさんたちがいろいろ相談した結果、雑誌のふろくがせいげんされます。そのかわり本誌の方がいままでよりずっとあつくなりますよ」とかかれていて、少女たちにも「国鉄がふろくのことを決めているんだよ」という“大人の事情”をさりげなく知らせていたのです。
 そんな国鉄絶対王政の中でも、日本雑誌協会は昭和31年の設立以降、雑誌出版界の意見・要望をもって国鉄当局と規定についての交渉を何度も重ねてきました。昭和62年の国鉄分割民営化に伴って、昭和61年に雑誌の特別運賃制度は廃止となります。しかし日本雑誌協会は同年、その規定を下敷きとし、取次会社の意見も反映して「雑誌作成上の留意事項」を自主基準としてまとめました。国鉄が姿を消してJRが登場し、トラック輸送が主流となっても、雑誌の円滑な流通のため、付録の大きさや量、材質についての規制は引き継がれることとなったのです。
 ちなみに学研の『学習』と『科学』は、国鉄を使わずにトラックで輸送を行っていたため、材質の制限を受けずにプラスチック製の教材を付録につけることができたそうです。

 昭和50年代のサンリオをはじめとする市販のキャラクターグッズの大流行により、文房具をはじめバッグやインテリア小物などに少女たちのニーズがますます高まっていきます。しかし、お店でステキな新商品を見つけても、限られたおこづかいの中では、財布をあけてため息をつきながら家に帰るということがほとんどでした。
 かわいくて、使えるグッズがもっとたくさん欲しいなあ―― 少女たちのそんな願いに応えるために、付録の規制の中で、制限のない“紙”※合成紙や特殊紙を除くを使ってどれだけ市販品〈ホンモノ〉を再現できるか、少女たちに喜んで使ってもらえる市販品〈ホンモノ〉以上のふろくを届けられるかが作り手側の大きな使命となり、雑誌独自のかわいいイラストが描かれた紙製の実用生活用品が、その規制に挑むかのように次々と作り出されていきました。

 まずは学校や習いごとで使える文房具。プリントを入れておくのに役立つファイルは、ポケットタイプや市販のルーズリーフ・レポート用紙がとじられるバインダー、クリップボード、フラットファイル、ホルダータイプなど種類も豊富です。ペンケースもタテ型やヨコ型、スマートタイプなどがあり、消しゴムや定規もバッチリ入りました。ペンケースやノート、小物などを入れて持ち歩ける大きめのケースも教室移動、社会科見学のときに便利なふろくでした。


 次はおでかけにも使えるバッグ類。スヌーピーのトランクやパティ&ジミーのランチボックスが人気となったころ、「マイ・キャンディ(なかよし 昭和52年5月号)」や「スパンクのWAOWAOレジャートランク(なかよし 昭和56年8月号)」、「デイトバッグ(りぼん 昭和52年10月号)」といった、手提げ式の箱型バッグが登場しています。ハンカチやお財布を入れて、友だちの家に遊びに行くときや家族での小旅行などに持っていきました。


 「おじょうさまポーチ(なかよし 昭和61年9月号)」にはビニール製の輪っかの持ち手がついており、それを手首に通しぶらさげるようにして持ち歩くという、当時流行していたかたちのポーチを見事に再現しています。

 そして、部屋の床に置いたり壁に飾ったりして使う大型の組み立て式ボックスは、その大きさと物をたくさんしまえる実用性だけでなく、えんぴつの形をした「わくわくランドペンシル・ボックス(りぼん 昭和61年12月号)」、缶ジュースのようにプルトップがついた「香澄ちゃん ドン♪ジャン♪プー CAN(りぼん 昭和63年2月号)」、赤い屋根のフタがかわいい「メルヘン・インテリア・ボックス(ひとみ 昭和54年6月号)」、まるで中にアイスクリームが入っているかのような「じゃんぼアイスクリームBOX(なかよし 昭和63年7月号)」、バスの車輪がくるくる回る「チャーミング・ラック(りぼん 昭和55年10月号)」など、思わず楽しい気分になってしまうデザインも少女たちの心をひきつけました。

 特に、「ファンシー・キャビネット(りぼん 昭和54年2月号)」は組み立てると高さ50cmを超える4段の棚になるという超豪華品で、次号予告でこの付録を見たときは、発売日が待ち遠しくてたまりませんでした。これはまさに“紙でここまで作れるんだよ”という、規制に挑んだ作り手側のやる気と気合いを感じさせるふろくの代表的なものと言えるでしょう。

 ひと回り小さいサイズの「空ちゃんのラブリーマガジンラック(なかよし 昭和60年3月号)」、「スパンクのファンシーラック(なかよし 昭和56年2月号)」、「コロポックルのデラックスラック(なかよし 昭和58年3月号)」、「ソーイング・ボックス(りぼん 昭和60年11月号)」などの、机の上に置いて小物を整理できる組み立て式ボックスも実用性が高く人気のふろくでした。

 「香澄ちゃん ミラーつきキャピキャピおしゃれラック(りぼん 昭和62年6月号)」は、上段のフタのウラが鏡のように加工されているためミニドレッサーとしても使うことができ、「園子のドリーミングボックス(なかよし 平成元年7月号)」はフタをあけると細かい仕切りがついていて、お姉さんやお母さんと同じようなアクセサリーケースを持てるというオトナ気分を味わえました。

 これらの組み立て式のふろくは、完成品もさることながら、雑誌に挟まれているときは小さく平らに折りたたまれていたものが、部品を組み合わせると大きく立体的なボックスができあがることに、不思議な感動を覚えたものです。引き出しや棚の仕切りが複雑になっているものは、子どもには難しい角度から部品を差し込んだり組み合わせたりする箇所もあるため、途中で部品を破ってしまいテープで補修しながら組み立てることもしばしばでした。こうしてできあがったときの喜びはひとしおで、一つのものを作り上げることの充実感や達成感をふろくを通じて知らず知らずのうちに学んでいたのです。

 使っているうちに破れてしまったり、カバンの中でつぶれてしまったり、少し重いものを入れると底が抜けてしまったりと、紙製品ならではの限界は確かにありました。それでも、雑誌を買ったらついてくる“ファンシーグッズ(を再現したもの)”は少女たちにとって、時には連載漫画の続きよりも待ち遠しく、市販品〈ホンモノ〉以上に愛着を感じるものでした。少女たちはもちろん、付録の規制のことなどわかりません。しかし、市販品〈ホンモノ〉とは違うけど、このふろくを好きになってほしい、楽しんでほしいという作り手側の気持ちをきちんと受け止めて、ふろくと親しんでいたのでしょう。

 紙製の実用小物ふろくの数々を眺めていると、作り手側の熱意が伝わってくるのと同時に、“職人魂”や“モノづくり日本”という言葉が浮かんできます。限られた条件のなかで、どれだけ良いものを作って提供できるか。まさにモノづくりの醍醐味がふろくの中にも存在しているのです。

〈参考文献〉
『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』社団法人 日本雑誌協会、社団法人 日本書籍出版協会 2007年
『雑誌協会報 1999年8月号』社団法人 日本雑誌協会
『「少年」のふろく』串間努 著 光文社 2000年

2015年8月27日 (木)

ふろくの花園 22.規制への挑戦 (2)水にも強い新素材

 大きさや量、材質といった付録への様々な規制の中で、職人技ともいえる作り手側の熱意のもと、市販の文房具やバッグ、インテリア小物などの実用生活用品が紙によって次々と再現されていきました。しかし、外見上での再現は可能でも、その強度の再現は難しく、紙が持ち合わせる“破れやすさ”と“水ぬれ”という弱点に直面することとなります。そんな中でも作り手側は、新技術と新素材の開発によって、付録作成上の規制だけなく、素材上の規制にも挑んでいったのです。

 これらの新技術と新素材は、主に外で持ち歩いて使うことの多いバッグ類によく使われていました。

 まずは、「サマー・キャンディ」(なかよし 昭和52年7月号)のように紙製の袋にビニールのカバーをかけたもの。市販の紙袋にもよく見られたタイプです。また、「おはようスパンク チャーミングサマーバッグ」(なかよし 昭和54年8月号)は、全てがビニール製という少女たちにとっては超豪華なつくりでした。


 さらに、「りぼにすとバッグ」(りぼん 昭和53年9月号)や「ハミング・バッグ」(りぼん 昭和54年4月号)のような、上質紙にポリプロピレンフィルムを熱接着して圧をかけ、ツヤ出し加工をしたものが登場しました。「水にぬれてもへ~チャラ ツルツルピカピカの超ゴーカ新製品!」「雨にぬれても平気!」などのコピーどおり、表面の防水加工がされています。ツルツルした手ざわりと、ピカピカと光を反射することから、このタイプのバッグは“ツルピカ加工”や“ツルピカバッグ”とよばれ、その後もおなじみのふろくになりました。もう一つ、ポリエチレンフィルムを熱接着して防水加工をしたタイプもありましたが、こちらは“ツルピカ”ではなく、表面はしっとりとしたロウのような感触で光の反射もひかえめとなっています。

 そして昭和55~56年ごろ、バッグ類のふろく予告に“新開発”や“新素材”というキーワードがくりかえし登場します。それらのバッグは不織布や、ポリエチレン、ポリプロピレンといったプラスチック樹脂からつくられた素材を用いており、紙でも布でもビニールでもない、今までになかった水にも強く丈夫な素材のふろくであることを強調していました。この時期に集中してこれらのふろくが登場したのは、昭和53~54年ごろに国鉄が雑誌の付録に特殊紙や不織布の使用を承認したことや、同時期に大手印刷会社の開発担当者が「水に濡れても破れない」「丈夫でかつ中身が透けて見える」素材を積極的に編集部にプッシュして付録への採用を計ったことがあったようです。

 “ビニール製”という言葉だけでも、ものすごく特別で豪華なふろくを期待してしまうのに、「紙でも布でもビニールでもないって、いったいどんなふろくなの?」と、少女たちの心をワクワクさせた、“水にも強い新素材”バッグの代表的なものを予告のコピー(一部)とともに見てみましょう。これらのコピーからも「新開発の新素材でスゴイふろくなんだぞ! どうだ!」という作り手側の熱い気合いが伝わってきます。 


 「メイミーエンジェル アイビーカジュアルバッグ」(なかよし 昭和55年5月号)は不織布製です。
 ・新開発 紙でもない布でもないふしぎな材質
 ・おりたたみ自由 おどろきの強度 ぬれてもかわけばもとどおり
 ・世界であなたがはじめてつかうのよ
 ・どんなに説明しても、説明しきれないすばらしさ。4月3日、とにかく本屋さんにいってみてね
 今やいろいろな製品に使われている不織布ですが、この当時の少女たちにとっては未知の世界だったようです。「おねえちゃんと両はしをもってひっぱりっこしたけどぶじだった」という強度をためしてみたり、バッグの中にわたやパンヤを入れてクッションを作ったというおたよりがありました。

 「MILKY BAG〈ミルキー・バッグ〉」(りぼん 昭和55年1月号)は不織布にポリエチレンをコーティングしたもので、和紙のようにハリがあり、中に入れたものがミルク色にほんのりすけてみえるバッグです。
 ・とってもナウでとってもじょうぶ。新しい素材のユニークな、かかえバッグです

 「スーパー・サマーバッグ」(りぼん 昭和55年8月号)は生地を厚めにしたポリエチレンにパール材を混ぜたもの。
 ・真珠色に光り輝いて、それはもう上品なんだから! いままで見たこともないキョーイのオリジナル品
 ・ぬれた水着をいれてもビクともしない! お水をいれて金魚を泳がせることだってできるのじゃ
 ・紙でも、ビニールでも、布でもない、新開発の丈夫な材質で~す
 本当に水を入れてもこぼれないかを確かめるために、中に水を入れてみたというおたよりがありました。これだけ丈夫さを強調してあると、上の「メイミーエンジェル アイビーカジュアルバッグ」にもありましたが、実際に試してみたくなるものですね。

 「サマービーチバッグ」(なかよし 昭和55年8月号)と「グラフィティサマーバッグ」(りぼん 昭和56年8月号)は不織布とポリエチレンを熱接着したもので、布目がありレジャーシートのような手ざわりです。
 ・夏休みのおでかけは、このバッグ一つあればOK。ぬれた水着をいれちゃうことだってできるもん
 ・わっ おっどろき! 布目もようがはいったふしぎなビニール製 とってもじょうぶでかわゆいの
 ・水にはメチャンコつおいから、ぬれたタオル、水着を入れてもだいじょうぶ
 ・新素材でナウさブッチギリ!!

 「ティムティムスプリングバッグ」(なかよし 昭和56年5月号)は、不織布とポリプロピレンを熱接着したもの。
 ・またまた新開発! ビニールと布の混血児のような材質 当然水なんてへっちゃらさ かわいくってオッドロキ~!
 ・1年間かけて開発した、魅力たっぷりの材質。これをのがしたら後悔しちゃうわよ~! 

 その後昭和60年代を迎えるころには、厚さや大きさの規制をクリアして、全てがビニール製のバッグが定番となっていきます。


 これらの技術の進歩によって、破れや水ぬれを気にすることなく使えるようになっていったふろくのバッグ類は、海やプールなどに行く機会が多い夏の恒例ふろくになりました。
 来年の夏はどんなバッグがふろくにつくのかな―― 少女たちは1年先のことまでも楽しみにしていたのです。

 なお、“ビニール製”とは本来、塩化ビニル樹脂製のものを指すのですが、ふろくの説明では小さい子でもわかりやすいように、ポリエチレン樹脂やポリプロプレン樹脂でつくられたものもひっくるめて、耐水性のある材質を使用したものを“ビニール製”と称していたようです。

 紙製の実用生活用品同様、いろいろな材質と技術を使いながら強度と防水力を上げていったふろくのバッグ類を見ていても、やっぱり“職人魂”や“日本の技術力”という言葉が浮かんできます。工夫と技術力でいかに弱点を克服して、さらに新しいものを作り上げていくか。“モノづくり日本”の真骨頂をふろくの中に見つけることができました。

〈参考文献〉
『トコトンやさしい プラスチック材料の本』高野菊雄 著 日刊工業新聞社 2015年
『不織布活用のための基礎知識』篠原俊一、福岡強、加藤哲也 著 向山泰司 編著 日刊工業新聞社 2012年
『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』社団法人 日本雑誌協会、社団法人 日本書籍出版協会 2007年
『「少年」のふろく』串間努 著 光文社 2000年

2015年10月 9日 (金)

ふろくの花園 23.新世紀のふろくの花園 (1)ホンモノがふろくに!?

 2001年(平成13年)、21世紀の幕開けと時を同じくして、雑誌の付録も新しい時代を迎えることになりました。

 同年5月、日本雑誌協会が国鉄の雑誌特別運賃制度の規定を元に自主基準としてまとめ、昭和61年に導入された「雑誌作成上の留意事項」(21.規制への挑戦 (1)紙でどこまで作れるか参照)が大幅に改訂されたのです。

 その背景には、平成に入ってからCD-ROMをはじめとする電子記録メディアの登場で、これまでの基準に合致しない事例が相次いだことと、1998年(平成10年)以降の雑誌市場に陰りがでてきたことがありました。1995年(平成7年)に「Windows95」の発売でパソコンがより身近なものになったことや、携帯電話の新規加入料と基本使用料が大幅値下げとなり契約者数が一気に増加したことで、情報の入手手段に新たに「インターネット」が加わり、従来のメディアよりも早く大量に情報を得られるようになったこともその要因でしょう。こうして、留意事項の全面的な改訂機運が高まっていきました。

 この改訂によって、週刊誌にも付録がつけられるようになり、記録再生メディア全般を付録にできるようになりましたが、いちばん大きな変化は、付録の形状と材質に関する細かい規定ができるかぎり削除あるいは簡素化されたことです。改訂前は「本誌の重量以内とする」と定められていた付録の総重量は「本誌の重量以内“を基準”とする」に、付録のかさ高については「本誌と付録の合計のかさ高は5cm以内」から「“付録”の合計のかさ高は“3cm以内を基準とする”」に変わりました。これにより、付録の量を従来以上に増やすことができるようになったのです。また、紙以外の材質を付録に使用する際に、従来は一つ一つの材質について大きさ・重さ・厚さ・長さ・数量が細かく決められていましたが、改定後は「雑誌の形態上の規定をみたし、流通上支障のないようにする」と「安全性、環境保護に充分配慮する」の記述のみになり、付録に使用できる材質に事実上制限がなくなりました。

 こうして総量も増え、紙だけでなくプラスチックや金属、布も使えるようになったことで、大人の使用にも耐えうる市販品と同等の本格的な品物、いわゆる“ホンモノ”が付録になりました。雑誌を手に取ってもらうために付録をつけることが、大人向けの雑誌でも行われるようになります。雑誌の付録は子どもだけのものではなくなり、幅広い世代に向けたものへと変わっていったのです。

 特に女性誌は、ブランドメーカーなどとの共同企画を相次いで実現させたグッズをはじめとして、バッグ、ポーチ、アクセサリー、ストッキングやショーツまで様々な実用品を付録につけて、その豪華さを各誌で競い合います。その様子が“女性誌の付録合戦”としてテレビや新聞で取り上げられ、話題になったことを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。女性誌の読者たちは久しぶりに付録を手にして、『なかよし』『りぼん』『ちゃお』『ひとみ』のふろくを毎月楽しみにしていた、少女のころのわくわくした気持ちを思い出しているのかもしれませんね。


 そして、『なかよし』『りぼん』『ちゃお』にも“ホンモノ”ふろくが登場します。市販品と同等のふろくをつけられるようになったことで、これまでのように紙で市販品を再現する必要がなくなったのです。

 輪ゴムやスナップ、ひもなどで止める部分を工夫していた紙製のファイル、ペンケース、下じきは、ファスナーで開け閉めするファイルケース、バインダー部分に金属を使ったクリップボード、2段式の缶ペンケース、プラスチック製の下じきに生まれ変わりました。


 小物入れ、ランチボックス、トランクも、プラスチックや缶でできた完成品で届けられ、折りたたんである本体を起こしたり、部品を切り取ったり、説明書を見ながら組み立てる必要もなくなりました。


 さらに、これまででは考えられなかった、時計や扇風機といった電池で動くもの、ボールペン、シャープペン、消しゴム、カラーペンセットなどの筆記用具もふろくにつけられるようになりました。


 かつて、このような紙製品ではないグッズは、本誌で時折り行われる「全員サービス」で応募券を集め、切手や為替を送って購入していたものでした。それと同じレベルの品物が、今では雑誌を買うだけでもらえるのですから、確かにふろくは豪華になったといえるでしょう。

 その一方で紙製ふろくに親しんだ自分からすると、“ホンモノ”ふろくが現れた当初は特に、大量生産・工業製品の無機質な印象を受けざるを得なかったのが正直なところでした。これまでのように手作りのあたたかみや、製作担当者の「市販品には負けないぞ!」という熱意や意気込みが伝わりにくくなってきたことに寂しさを感じたし、「子どもたちに完成品をただ与えるだけでいいのか? 自分でモノを組み立てることで達成感を味わったり、想像力や創造性を育む機会が少なくなってしまうのでは?」と危惧する気持ちもありました。

 しかし、「14.『なかよし』少女たちのお友達」で、昭和40年代から50年代への『なかよし』『りぼん』の変化について、「雑誌は世に連れ人に連れ変化していく生き物のようなものなので、世の中の流行・嗜好が変わってきたり、次の世代の作家が出てきたりすると、雑誌はまた別のスタイルを見せていきます」と書いたとおり、新世紀を迎え、留意事項の改訂から10年以上が経った現在、21世紀の少女たちと少女漫画雑誌をとりまく状況は、確かに前世紀とは変わってきているのです。その変化を、21世紀の少女漫画雑誌のふろくから見ていきましょう。

 今を生きる少女たちの好きなものや欲しいものを詰め込み、彼女たちへの思いや願いを込めて作られる、新世紀の「ふろくの花園」へみなさまをご案内いたします。 

〈参考文献〉
『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』社団法人 日本雑誌協会、社団法人 日本書籍出版協会 2007年
『週刊日録20世紀 1995年』講談社 1999年

2015年11月24日 (火)

ふろくの花園 24.新世紀のふろくの花園 (2)街の人気者、再来

 2001年に「雑誌作成上の留意事項」が大幅改訂された要因のひとつに、1998年以降の雑誌市場の落ち込みがありました(23.新世紀のふろくの花園 (1)ホンモノがふろくに!?参照)。それは、女子小学生向けの漫画雑誌でも同じことだったのです。

 TVアニメ化されるほどの人気漫画とキャラクターを次々と繰り出し、上昇を続けた『なかよし』と『りぼん』の発行部数は、1994年ごろにそれぞれ210万部、255万部と最高を記録します。しかしそこが頂点で、2000年にはそれぞれ51万部、132万部とこれまでの人気が信じられないほど急落してしまいました。TVアニメをきっかけに雑誌を買うようになった読者が作品の連載終了で離れたり、子どもたちの興味がゲームや携帯電話、インターネットなどに向き、雑誌を利用する機会が少なくなってしまったり、さらには少子化が進んでいたりと理由はいろいろ考えられます。少女たちの心をつかむものが漫画雑誌の他にも世の中に数多く存在するようになったことで、雑誌から生まれた3大スター“マスコットキャラクター・まんが家・漫画作品”の、少女たちをひきつける力が以前より弱まってしまったことは否めないでしょう。

 それと時を同じくして、1990年代の終わりごろから主に『なかよし』と『ちゃお』で、芸能界の人気アイドルや、ゲームやアニメ、メーカー生まれのキャラクターが大々的に漫画やふろくに登場するようになりました。いわゆる“街の人気者”たちが、昭和40年代以来、再び少女漫画雑誌やふろくに戻ってきたのです。

 まずは20世紀末に登場した“街の人気者”のふろくから見てみましょう。

 1998~2001年にかけて、年に一度の『なかよし』恒例ふろくとなったのが、「NAKAYOSI IDOL BOOK〈なかよしアイドルブック〉」です。ともさかりえ、宇多田ヒカル、モーニング娘。、w-inds.など当時の人気アイドルが勢ぞろい。カラーグラビアやインタビューのほか、アイドルデータファイル、アイドルが出演するTV番組やCMの情報など企画特集満載で、ふろくだけど読み応えもある別冊でした。『明星』や『平凡』の『なかよし』版といったところでしょうか。
 もうひとつの人気者は、安室奈美恵やSPEEDなどの人気スターを次々生み出し、少女たちの憧れとなった沖縄のタレントスクール、「沖縄アクターズスクール」です。このスクールを舞台にした漫画『はじけてB.B.』が1997年から『ちゃお』で連載され、読者の少女たちと同年代のアクターズスクール所属アイドルが1998~1999年ごろのふろくに登場しています。

 次は、ゲームという新しいメディアから生まれた人気者です。
 1996年にバンダイから発売されたペットを育てる携帯ゲーム機「たまごっち」は、発売直後から女子中高生の間で大ブレイク。品切れが続出し常に品薄の状態が続き、次はいつ店に入荷するのかが話題となりました。入荷日には徹夜で行列しないと買えないこともあったそうです。この「たまごっち」のキャラクターが1998年ごろ、『なかよし』と『ちゃお』でふろくのイラストになりました。ちなみに「たまごっち」は21世紀に入り再発売され、2005年ごろから再び『ちゃお』に登場しています。
 同じ1996年に任天堂から発売されたゲームボーイ用ソフト「ポケットモンスター」は、ポケモンワールドに住むいろいろな種類の生き物“ポケットモンスター(通称ポケモン)”を捕まえて、友だちと交換しながら集め育てていくゲームです。その楽しさが子どもたちを魅了し、TVアニメにもなった言わずと知れた人気作品で、『ちゃお』で1997年から『PiPiPi★アドベンチャー』として連載されました。少女向けに、ポケモンを集める主人公を女の子にしてポケモンたちもかわいくキャラクター化。黄色いねずみポケモン・ピカチュウを中心にしたふろくも多数登場し、少女たちの人気を集めました。

 21世紀を迎えても“街の人気者”は続々とふろくに登場します。

 1997年にTVのオーディション番組でグループを結成、1998年にメジャーデビューしたアイドルグループの「モーニング娘。」。『なかよし』では、彼女たちの笑顔の裏に光る汗と涙のストーリーをリアルに再現した『娘。物語』が2001年から連載されました。ふろくも多数登場しましたが、中でもメンバーの1人・後藤真希ちゃんのフィギュア「モーニング娘。キャラクターマスコットなかよしバージョン(2001年12月号)」が話題となりました。また、2000年に結成された派生グループ「ミニモニ。」も2001年から『ちゃお』に登場しています。
 2005年に誕生して2009年ごろから広く人気を集めるようになり、「握手会」「選抜総選挙」「じゃんけん大会」など常に世の中に話題を提供し続けている“国民的アイドル”「AKB48」もついに『なかよし』にやってきました。彼女たちをモチーフとした漫画『AKB0048』が2012年から連載開始。遠い未来の「AKB48」は「AKB0048」と名前を変え、初代48の神話性を守るためにメンバーの「襲名性」をとっているという設定で、ダメッ子研究生の主人公がオーディションで大失敗しちゃったけど、“伝説のセンター・あっちゃん”を襲名することになるという、少女漫画によくあるシンデレラストーリーです。「AKB0048 あっちゃん&まゆゆ&ともちん きせかえシール(2012年6月号)」や「AKB0048 神セブン占い☆せんす(2012年8月号)」など、かわいくキャラクター化された人気メンバーたちが描かれたふろくが登場しました。

 1974年に誕生したサンリオのキャラクター「ハローキティ」が、1997年ごろに当時の人気芸能人がファンであることを公言したことでブーム再燃。女子高生・OL・主婦などに向けた商品も発売され、海外でも人気に火がついたといわれています。この“キティちゃん”が2001年に『ちゃお』、2007年に『りぼん』のふろくに登場しました。“キティちゃん”は昭和50年代も少女たちの人気者だったのですが、当時は『なかよし』や『りぼん』などのふろくになることはありませんでした。メーカー生まれのキャラクターがふろくにそのまま登場するということは、残念ながら、雑誌生まれの「マスコットキャラクター」の力が弱まったことのあらわれになってしまうのでしょうか。
 そして最近、少女たちの間で人気が出てきたキャラクターが、2012年ごろにサンエックスから誕生した「すみっコぐらし」です。「すみっこにいると“落ちつく”動物やモノたち」で、2015年から『りぼん』と『ちゃお』でシールやメモがふろくになっています。
 「妖怪ウォッチ」は「ポケットモンスター」同様、ゲームソフトやTVアニメ、玩具が人気となり、『ちゃお』で2014年から女の子キャラのフミちゃんを主人公にして漫画の連載が開始されました。猫の妖怪「ジバニャン」や狛犬の妖怪「コマさん」のかわいいイラストのシールやメモがふろくになっています。
 さらには、あの千葉県船橋市の非公認キャラ「ふなっしー」も『ちゃお』に登場。組み立て式の「ジャンピングヒャッハー貯金箱(2015年6月号)」がふろくになりました。

 21世紀に入って新しく登場した少女たちにとっての“人気者”は、ファッション・おしゃれをテーマにしたアーケードカードゲームです。
 「トレーディングカードアーケードゲーム」ともいわれる、アイテムカードを集めてプレイするアーケードゲームで、主に玩具店、ショッピングモールやデパートなどの玩具売り場やゲームコーナーに置かれています。1回100円から遊べて、お金を入れるとファッションアイテムが描かれたカードが出てきてゲームが始まります。昔からの少女遊びの定番“着せかえ”の要素を取り入れていて、手持ちのアイテムカードを組み合わせて、選んだキャラクターの「髪型」「洋服」「靴」「アクセサリー」などをコーディネートした後に、リズムゲームによるパフォーマンスステージに挑戦するのが大体の流れです。
 2004年の「オシャレ魔女 ラブandベリー」を始めとし、2010年に「プリティーリズム」、2012年に「アイカツ!」、2014年には「プリパラ」と、この種類のゲームが次々と登場します。ゲームで遊びながらファッションを覚えられ、おしゃれに興味を持つことで、低学年の少女たちにもファッションが身近なものとなり、自分でおしゃれをすることが当たり前になっていったのです。
 『ちゃお』では2006年ごろから、これらのゲームで遊べるアイテムカードやゲーム情報が毎号のようにふろくになっています。ゲーム機の形をした「オシャレ魔女 ラブandベリー スーパーキュートボックス(2006年8月号)」は、ただ小物入れとして使うだけではなく、ゲームのことを知らない少女たちへの「お店にある、この形の機械で遊ぶんだよ」というガイド的役割も持ち合わせていました。
 そして「プリティーリズム」は『りぼん』にも登場します。『ちゃお』の2011年より早く、2010年より漫画の連載を開始。ゲームで使用するファッションアイテムカードとなる、ハート型をしたプラスチック製の「プリズムストーン」がふろくになりました。
 ふろくのアイテムカードはいずれも雑誌オリジナルのデザインで、雑誌を買わないと手に入らないものだったため、このカードが欲しくて雑誌を手に取った少女たちもたくさんいたのではないでしょうか。

 こうして、“街の人気者”たちを積極的に取り入れてきた『ちゃお』は、『なかよし』と『りぼん』の発行部数が急落していく中でも次第に発行部数を伸ばし、1999年に『なかよし』の、2004年には『りぼん』の発行部数をも抜いて、ついに3誌のトップに立ちました。

 少女たちの好きなもの、欲しいものを追求してきた少女漫画誌のふろくですが、雑誌生まれの3大スターの輝きが弱まり、雑誌から生まれたまんが家が漫画を描いてアニメ化し、それをふろくにすれば即雑誌が売れるという時代ではなくなってきたという現実を認めて、“街の人気者”たちをそのまま受け入れざるを得なくなってきたのです。特に、昭和50年代以降、雑誌生まれの作家・作品とその世界観を大切に守ってきた『りぼん』が、『ハローキティ』や『プリティーリズム』で外部の作品・キャラクターと手を結び、それを前面に押し出したことは衝撃的といっていいほどの出来事で、とても大きな決断だったに違いありません。それほど発行部数の落ち込みは深刻なことだったのでしょう。

 “街の人気者”の力を借りた結果、昭和40年代の「街の人気者をみんなで共有する」ふろくの時代がまた戻ってきつつあります。モノが豊富でなんでも揃っている新世紀のふろくが、まだモノが揃いきっていない時代のふろくに近くなってきているのは、興味深いことですね。

 ただ、ゲームのアイテムカードは、雑誌やふろくの中だけで完結するものではなく、雑誌の外の商品で楽しむもののため、別にお金を使わないとふろくで遊ぶことができません。バブル崩壊やリーマンショックの影響を受けた景気の低迷で、モノが売れなくなったといわれていることもあり、子どものモノにもお金を使ってほしいという商業的な事情も多少見え隠れしているように感じます。
 “街の人気者”が雑誌やふろくに登場することで、雑誌のふろくは商品の広告ツールとしても使われるようになってきました。

 そして新世紀を迎えた数年後、雑誌生まれの3大スターの輝きが弱まっただけでなく、少女漫画雑誌とそのふろくのあり方をさらに大きく揺るがすムーブメントが少女たちの間で起こり始めていたのです。

〈参考文献〉
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2015年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2015年
『週刊日録20世紀 1997年』講談社 1999年
『週刊日録20世紀 Special17 懐かしのオモチャ・絵本・遊び』講談社 1999年

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