カテゴリー「昭和50年代の花園」の7件の記事

2015年6月29日 (月)

『ちゃお』『ひとみ』創刊号のふろく

 昭和50年代前半に創刊し、「ふろくの花園」に新たに加わった『ちゃお』と『ひとみ』。それぞれの第一号のふろく(の一部)です。


写真手前左より:ラブラブノート、生まれ月による恋のうらないブック、相性テストカード、ロングロングシール、アドレス表つきマスコットバッグ(ちゃお 昭和52年10月号)
 犬のような「フリップ&フラップ」や女の子と男の子「ファニー&フレッド」など、市販のキャラクターグッズを思わせるシンプルなかわいらしさを強調したデザインで、漫画はまだあまり読んでいない小さい子でも興味を持ちそうです。

写真奥左より:アーリーアメリカンレターセット、ひとみDREAMY SET(ひとみ 昭和53年4月号)
 「創刊記念!! 楽しさをパック」とかかれたDREAMY SETの袋には、プチ・ラック、ペアブックマーク、ひとみオリジナル時間わり、わたしのボディーメモ、ひとみプリティー・プレート、ラブリィーアドレス・カード、チーコのチャーミング・シールの7つのふろく入り。こちらは少女漫画の絵柄の美しさを前面に押し出しています。「アーリーアメリカン」という英語は、“何か意味はよくわからないけどかっこいい”モノにひかれがちな少女たちの心をくすぐったことでしょう。

 新しい雑誌の新しいふろくの登場で、少女たちにまた新しいお友だちができました。
 「いっしょに遊びたいな~」「早く会いたいな~」というワクワク感を、これまで以上に味わう機会が増えたのです。

2015年7月21日 (火)

漫画時代の人気スターふろく

 昭和30年の『なかよし』『りぼん』創刊時より、芸能界のスターは数多くふろくに登場しています。しかし、人気まんが家や人気作品が揃い本格的な少女漫画雑誌時代となった昭和50年代でも、当時の超人気スターがふろくになりました。


写真左:たのきんトリオ ひとみアイドルジャンボポスター(ひとみ 昭和55年12月号)
写真右上:ピンク・レディー アイドルスター・ジャンボブロマイド(ひとみ 昭和54年1月号)
写真下左:'82年 りぼん版 アイドル名鑑(りぼん 昭和57年10月号)
写真下中:ピンク・レディーのアクションブック(りぼん 昭和53年7月号)
写真下右:サウスポー★ムービーメモ(なかよし 昭和53年8月号)

 昭和50年代前半、少女たちの間で爆発的な人気だったのは、なんといっても「ピンク・レディー」でしょう。昭和51年8月に「ペッパー警部」で歌手デビューした女性デュオで、これまでの女性歌手にはあまり見られなかった、ミニスカートやホットパンツなどの手足を露出したキラキラの衣装と激しいダンスで、あっという間に日本中の少女たちを虜にしてしまいました。新曲が出るたびに振付を一生懸命覚えて、休み時間になると教室の後ろなどで歌ったり踊ったりしていたものです。「振付を早く覚えたい!」そんな少女たちの願いに応えたのが、昭和53年3月に発売された「サウスポー」の振付をパラパラ漫画のように紹介した別冊ふろくでした。『りぼん』のアクションブックはピンク・レディーの写真、『なかよし』のムービーメモはイラストを使用していますが、パラパラめくると本当に踊っているように見えるのです。特にアクションブックは96カットもあり、「ピンク・レディーが動いてる!」と思わず声が出てしまうほど感動したことを覚えています。

 ふろくには少女たちの好きなもの・欲しいものが詰め込まれているのですから、漫画が雑誌の中心となった時代であっても、スターという存在の影響力をうかがい知ることができるふろくと言えるでしょう。

2015年7月23日 (木)

少年誌の人気者がやってきた!

 『りぼん』のふろくに、少年誌の人気漫画『Dr.スランプ』がやってきました。同じ集英社発行の『週刊少年ジャンプ』にて、昭和55年5・6合併号から連載開始。昭和56年4月からは『Dr.スランプ アラレちゃん』としてTVアニメ化もされ、大ブームを巻き起こした作品でもあります。キュートでパワフルなメガネっ娘アンドロイドのアラレちゃんは少女たちにも大人気で、「んちゃ」「バイちゃ」「ほよよ」「めちゃんこ」などの“アラレ語”は当時の流行語にもなりました。また、メガネをかけている子が「アラレちゃん」と呼ばれたりもしていました。

写真左:Dr.スランプ アラレバッグ(昭和57年2月号)
写真中上:りぼんノートカルテット GREEN NOTE(昭和56年11月号)
写真中下:Dr.スランプ アラレ・ワッペン(昭和56年10月号)
写真右:Dr.スランプ '82めちゃんこ当たるラブラブ占いシール(昭和57年1月号)

 鳥山明先生のイラストはキャラクター性が高く、少女向けのふろくにもピッタリでした。アラレちゃんが好きだけど、男の子の漫画雑誌はちょっと……と思っていた少女たちも、自分が普段読んでいる雑誌を買うことでアラレちゃんグッズを持つことができました。
 この『Dr.スランプ』が少女漫画と少年漫画の垣根を越え、子どもたちに大きな影響を与えた作品であったことが、少女漫画雑誌のふろくからも見て取れるのです。

2015年7月31日 (金)

「ふろくコーナー」の人気者

 『なかよし』『りぼん』創刊当初のふろくの使い方や遊び方の説明は、別冊ふろくが主だったこともあってか、目次や読み物ページなどの空いているスペースに小さく載せられていただけで、全てのふろくについて書かれているわけではなく、説明が全く載ってない号もあったのです。その後、昭和30年代後半から40年代にかけて小物ふろくが主流になると、全てのふろくの使い方や遊び方を説明するコーナーが毎月載るようになり、
 「ふろくの名案をおよせください。あなたがたによろこんでいただけるふろくはあなたがたのご意見からうまれます」(りぼん 昭和35年ごろ)
 「りぼんのふろくのかわったつかいかたのおたよりぼしゅう」(りぼん 昭和43年ごろ)
 「あなたのおたよりが、すてきなふろくをつくります」(なかよし 昭和47年ごろ)
などの、ふろくについてのおたより募集も始まります。昭和40年代になると、それらのおたよりも次第に誌面で紹介されるようになりました。

 『なかよし』では昭和47年から、ふろくの説明とおたより紹介を一つにした「ふろくコーナー」が誕生。また『りぼん』でも、昭和48年にはおたよりコーナー「ふろくファンルーム」が掲載されていました。

 そして、昭和50年代に入ると「今月のふろくの説明+来月のふろく予告+おたより紹介」の3点セットで構成された、現在のようなふろく情報のページが各誌本格化していきます。

『りぼん』では「ふろくファンルーム」の“ヒゲちょぼ記者”と“リョーコ記者”
『ちゃお』では「ふろく情報」の“かちょー”と“ピザ”
『ひとみ』では「ひとみふろくタウン」の“モッキンさん”

といった、ニックネームをつけてキャラクター化されたふろく担当編集者をそれぞれ進行役におき、少女たちに親しみを感じさせました。

 少女たちから寄せられるおたよりは、ふろくの感想や要望だけではなく、学校での出来事や、好きな男の子のこと、悩みごと相談など様々な内容で、雑誌と読者とのコミュニケーションが毎号活発に行われています。こうして作り手側と受け手側とがきちんと対話をすることで、ふろくは単なる雑誌からの一方的なオマケではない、両方で育てて作り上げる、お互いにとっての大事な宝物となっていったのです。

 そして、ふろく担当の編集者までもが雑誌発の人気者〈スター〉になりました。

 『なかよし』の昭和52年4月号より、「ふろくコーナー」に初めて登場したキャラクター編集者“ふろくMAN”は、イラストでは長髪にサングラスをかけている男性です。本人は2枚目だと思っているけど周りからは突っ込まれまくりという、よくいるいじられ&愛されキャラ。「このふろくよかったよ!」「やい、ふろくMAN、今月の○○は良くないぞ!」などと、少女たちは友だち相手のように気軽に(手紙で)話しかけていました。また、「恋人がいない」「結婚したい」と何かにつけて独身アピールをするため、「ふろくMANさまのふろくをつけて」「ファンクラブを作ったよ」「憧れのふろくMANさま」「ふろくMANの大ファンです」とアイドル視する少女もいて、自称恋人や奥さんが多数現れたりもしていました。さらに、ふろくMANの替え歌や絵かきうたを作ったりと、もうやりたい放題。そんな人気者のふろくMANがついに、

ふろくMANのスポーティースケール(昭和53年11月号)

として「世界のアイドルついに登場!」「かっこいいふろくMANのすてきな定規」のコピーの下、満を持してふろくに登場! したのですが、「ふろくコーナー」にこのふろくの感想が載ることはありませんでした。

 そんな彼も昭和56年3月号にて引退宣言。最後までおちょくられまくりの“ふろくMAN”ですが、ふろくを通じて読者の少女たちを「みんな『なかよし』の仲間なんだよ!」とまとめてくれていた良き兄貴分だったのです。

 いとしのふろくMANさま、今はどこで何をしているのでしょうか……

2015年8月31日 (月)

おとめチック☆キューブ・パズル

 昭和50年代後半、大人も子どももみんな、立方体をした謎のパズルを手に持って、カチャカチャカチャカチャとひねり回していました。ハンガリーのエルノー・ルービック教授が昭和53年に考案し、昭和55年7月25日に日本で発売された「ルービックキューブ」は、1つの面が3×3の正方形ブロックになった立方体で、それぞれの面に白、赤、黄、緑、オレンジ、青の6色がついており、カチャカチャと縦横にひねり回して動かすことができます。その立方体の6面の色がそろっているものを一度崩して、元に戻すというパズルなのですが、なかなかの難易度にもかかわらず初年度に400万個を売り上げ、その後も販売数量が激増するという爆発的な人気で、日本中に“キューブ・フィーバー”ともいえる大ブームを巻き起こしました。

 友だちとの間で、「完全な1面できた!」「6面そろった?」といった言い回しがあいさつ代わりになっていたり、ガチャガチャで当たりとして出てくる“虎の巻”をようやく手に入れて、6面をそろえられる手順を一生懸命覚えたりしたものです。さらに、「ルービックキューブ」は分解することができるため、最終手段としてブロックを全部はずしてバラバラにし、色をそろえて組み立てなおすという力技を繰り出す子も現れました。子どもなりにいろいろな手段を駆使して、憧れの6面を完成させようとしていたのですね。

 そんな“キューブ・フィーバー”の中、登場したのが

 空くん マジック・キューブ(りぼん 昭和56年8月号)です。

 立方体に組み立てた4つの小箱を台にセットして、3側面とも同じ色にそろえたり、4色の色違いになるように並べたり、キャラクターの表情や持ち物などの絵柄でそろえたりと、全部で10通り以上のキューブ遊びが楽しめます。こちらは「キューブ4」という、昭和54年ごろに発売された、立方体の6面を4色に塗った立体4個を柱状に並べて、その4側面とも4色の色違いになるように並べるキューブ・パズルをモデルにしているようです。

 さすがに「ルービックキューブ」と同じ形のものはふろくにならなかったのですが、子どもたちに人気の市販品〈ホンモノ〉を“紙”を使って再現したふろくの一つといえるでしょう。

 また、「遊びの後は、4つのプチ小物入れに早変わり。宝物をしまってね」の説明もあり、小物入れや机の上のアクセサリーとして飾るという実用的な使い方も提案されているところに、少女向けのふろくらしさが感じられます。

 おとめチックの魔法がかかると、人気のキューブ・パズルもただ遊ぶだけのものではなく、かわいい小物入れという、お部屋に飾れて使えるインテリアグッズに変身してしまうのです。

〈参考文献〉
『昭和時代の傑作玩具たち』Quanto10月号増刊 株式会社ネコ・パブリッシング 2003年
『週刊昭和タイムズ 12号』株式会社ディアゴスティーニ・ジャパン 2008年

2015年9月 4日 (金)

「プ~ッ」とドッキリさせちゃおう!

 「このイスに座ってください」
 こんな言葉ではじまるドッキリに、ひっかかってしまったことありませんか?

 丸い形をしたゴム製の袋、「ブーブークッション」に空気を入れてふくらまし、イスの上に置いてクッションなどで隠します。気づかずに座ってしまうと「プー」「ブリッ」など恥ずかしい音が鳴り、「あーっ、今○ならしたでしょう!」とあらぬ疑いをかけられてしまうという恐ろしいドッキリです。昭和50年代に放送されていたドッキリ系のTV番組でも、アイドルたちにインタビューと称してこのクッションを仕掛けたイスに座らせる、「ブーブーインタビュー」のコーナーが人気となりました。

 ジョークグッズとして現在でもよく使われている「ブーブークッション」は、「へんな子ちゃんセット プープークッション」(りぼん 昭和43年8月号)のように、昭和40年代からふろくになっていた、少女たちにもなじみのイタズラおもちゃだったのです。

 写真左:スパンクのドッキリプープークッション(なかよし 昭和55年7月号)
 写真右:ドッキリPUPUクッション(なかよし 昭和60年4月号)

 こちらは人気漫画のキャラクターが描かれた、ビニール製の「ブーブークッション」です。「ストローで息をふきこむとらくにふくらみます。またふくらませすぎないように気をつけてね」や「お友だちのざぶとんの下におくの。すわればビックリまちがいなし!」「ふとった人には空気をいっぱいに、やせた人にはちょっぴり(体重のカンケイよ)」といった、まだ「ブーブークッション」で遊んだことのない少女たちにもわかりやすい説明やアドバイスがされています。それだけでなく、事後の影響も考えて、「ただし、パパのたいせつなお客さまなどには、ゼッタイにしないこと」や「ただしやりすぎに注意! 授業中にはしないでね」という注意事項も忘れていません。

 「おかあさんがいつもすわっているいすにおいて、ねぼけ半分のおかあさんにすわってっていったの。そして、Pu-!って大爆音。おかあさんも、やっと目がさめました」や「家庭訪問にきた先生のざぶとんの下にしかけといたら、モロ、ブー! もう爆笑よ」と、してやったりの成功報告の一方で、「弟がすわると、“プッ”とかわいい音なのに、わたしがのると“ブホッ”…… なんか、うらみでもあんのレスか?」と悲しいお便りも。

 これらは子どもだからこそ許されるかわいいイタズラであって、ふろくコーナーの担当編集者が「編集長のイスにおいておこられたのは、わたしです」とコメントしたように、大人がやるとシャレにならないこともあるようですね。

 ふろくを使って、かわいくドッキリさせちゃいました!

2016年1月16日 (土)

チクチク☆ハンドメイド

 昭和50年代の小学生時代、手芸遊びといえばビーズやリリヤンなどいろいろなものがありましたが、中でもフェルトを縫い合わせてマスコットを作ることが人気手芸の一つでした。特に5年生になって家庭科の教材で裁縫箱が配られると、自分の針と糸を持てたことがうれしくて、図書館でフェルトマスコット手芸の本を借りては、家にあるフェルトを使って女の子や動物のマスコットをチクチクと作っていたものです。

 少女たちがフェルト手芸を楽しんでいたこの頃、昭和53年4月に国鉄が雑誌の付録に不織布の使用を承認したこともあり、フェルト風の厚手の不織布を自分でチクチクと縫って、マスコットや小物入れを手作りできるふろくが登場します。

 マスクやウェットティッシュ、エアコンのフィルター、テーブルクロスなど、今や日常生活の様々な場面で見かけるようになった不織布。“不織”とは織ったり編んだりしていないという意味です。繊維を細かい針でからませたり、熱や接着剤を使って布状にしたもので、材料や作り方によって用途に合わせた機能を付け加えることも可能なため、幅広い製品に使用されています。少女漫画雑誌のふろくにおいても昭和55年ごろから、不織布を使用した“新素材”バッグが続々と登場するようになりました(22.規制への挑戦 (2)水にも強い新素材 参照)。

 写真左:陸奥A子のマスコットドール(りぼん 昭和54年5月号)
 写真中:太刀掛秀子のラブ・ポシェット(りぼん 昭和54年10月号)
 写真右:リッキーの手芸セット(ちゃお 昭和55年5月号)

 これらの不織布手芸セットは「不織布という布のような紙なのでジョーブよ」「特殊な布なのでジョーブ!」「不織布だから扱いは超簡単」といったコピーで、新しい特別な素材であることを強調していました。

 「マスコットドール」は、イラストを切り抜いて糸で縫い合わせ、中にティッシュなどを詰めて綴じると、手のひらサイズのマスコットが簡単に作れます。
 「ラブ・ポシェット」は、イラストを切り抜いて真ん中で二つ折りにし、両側を表から縫って、両はじにコンパスなどで穴をあけ、セットのひもを通せばペンシル型のキュートなポシェットのできあがり。
 「リッキーの手芸セット」は、パーツごとに切り、セットのししゅう糸で点線上を縫い合わせると、ポケットつきのかわいい小物入れができちゃいます。

 『りぼん』のふろくに初登場となった不織布の「マスコットドール」。実はつける前に、「このごろの子は作るなんて、まどろっこしいことは苦手だし、興味ない」「完成品でなければダメだ。作ったって、どうせ失敗してゴミ箱行きだ」という反対意見がかなりあったそう。少女たちに“モノづくり”の機会を与えることもふろくの役割の一つだと思っていたので、この時代でも作り手側からこのような意見が出てきたということがとても意外でした。しかし、そんな声を強引にはねのけて登場した“モノづくり”ふろくは大反響を呼ぶこととなり、翌6月号のふろくファンルームに掲載されたおたよりのほぼ全てが、この「マスコットドール」に関するものでした。ふろく担当のリョーコ記者いわく「大好評のレターが殺到したときは感涙にむせんだ」とのこと。

 読者の少女たちは、ただ説明通りに作って終わりではなく、手芸が好きな子も苦手な子も自分なりに工夫してオリジナルのものを作って楽しんでいたようです。

 「マスコットドール」は、余白のイラストを切り抜いてアップリケとして使ったり、マスコットの中にコーヒー豆を入れたり、中に詰めるティッシュに香水をふりかけたりして匂い袋として楽しむ少女たちも。
 「ラブ・ポシェット」はセットのひもが長さ規制のため肩にかけるのには短かすぎて、ポシェットとしては使えないという事態が発生することに。それでも少女たちは、お部屋にぶらさげて状差しとして使ったり、自分で毛糸を編んで肩ひもを作ったり、ひもをつけずにハンカチケースとしてカバンに入れたりと様々な使いみちを考え出しています。
 やはり、お裁縫が苦手な少女たちからは「大反対!」「作れなかった」というおたよりも届いたのですが、そんな子向けに、ボンドで貼りつけたり、白い紙を間にはさんで不織布をメモ帳の表紙にするなど、縫わなくても使えるものが作れるよというアイデアも寄せられました。

 こういったおたよりの数々を目にして、少女たちの創造性とオリジナリティに驚かされるとともに、“モノづくり”ふろくがそれを育む機会の一つになっていることを改めて感じ取ることができたのです。

 また、“モノづくり”とは別の話になりますが、「ラブ・ポシェット」について年長の読者からは、「ああいうもの(小さい子が持つようなもの)は私たちには持ち歩けない。りぼんを読んでいるのは小学生だけではないのだから、もう少し考えてふろくを作ってほしい」という手厳しい意見も届きました。これは小学生から社会人・主婦まで、さらには男性といった幅広い読者層だった当時の『りぼん』ならではのことで、ふろくを考えることの難しさをうかがい知ることができる一例ともいえるでしょう。

〈参考文献〉
『大研究!化学せんいのちから まんが社会見学シリーズ』森脇葵 漫画 講談社ビーシー 2014年
『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』社団法人 日本雑誌協会、社団法人 日本書籍出版協会 2007年

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