ふろくの花園 60.定番ボードゲームは日本生まれ オセロゲーム
白黒二面の丸いコマと8×8のマス目が入った緑色の盤を使い、相手の色のコマを自分の色のコマで挟み、ひっくり返して自分の色を増やしていく対戦ボードゲーム。
みなさんは、この「オセロゲーム」で遊んだことはありますか?
昭和50年代に少女時代を過ごした自分にとって、友だちや家族と遊んだゲームといえば、トランプと人生ゲーム、オセロゲームが3本柱で、どこの家にもあるものという印象でした。今や世界中で親しまれ、ゲーム機やネット上でも楽しめる、ボードゲームの定番中の定番ともいえるオセロゲームは、横文字の名前とスタイリッシュなデザインにもかかわらず、日本生まれのゲームなのです。
オセロゲームが発売されたのは1973(昭和48)年。当時製薬会社に勤めていた長谷川五郎氏が、少年時代に碁石を使って生み出した遊びが原型となっています。オセロのコマ(正式には“石”)が白と黒なのは碁石を元にしているからだそう。会社の同僚や取引先に教えたところ、同じ対戦ゲームである囲碁や将棋よりも簡単なルールで10分ほどの短い時間で決着がつくことから人気が広まり、商品化されて発売に至りました。
簡単なルールと短い時間で遊べるというだけでなく、白・黒・緑というシンプルなデザインと西洋風な名前がモダンでオシャレなイメージを当時の人々に与えたこともあったのでしょうか。オセロゲームは初年度に30万個、次年度には120万個を売り上げ、5万セットでヒットとされていたボードゲームとしては驚異的なブームを起こします。
また1976(昭和51)年からはアメリカやイギリスなど海外への輸出も始まり、翌1977(昭和52)年には世界選手権が開催されるなど、一時のブームでは終わらずに世界的定番ゲームへの道を歩み始めました。
ちなみにゲーム名の「オセロ」は、英文学者だった長谷川氏の父親が、シェイクスピアの戯曲『オセロ』から名付けたとのこと。黒人の将軍・オセロと白人の妻・デスデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るというストーリーに、黒白のコマがひっくり返りながら形勢が次々変わっていくゲーム性をなぞらえたのです。緑色の盤面は、戯曲「オセロ」の戦いの舞台、イギリスの緑の平原をイメージしたといわれています。ということは、父親が国文学者だったら別の日本的な名前になっていたかもしれませんね。
相手のコマを自分のコマで挟んでひっくり返し、自分のコマを増やしていく。この簡単なルールのおかげで、子どもたちも大人と一緒にオセロゲームを楽しむようになりました。
学年誌『小学四年生』1974(昭和49)年1月号でオセロゲームが紹介され、「まず、このふろくで楽しんでみよう!」のコピーとともに翌2月号のふろくに登場。他の学年誌にもオセロゲームのふろくが付きました。昭和48年の発売時、オセロゲームの値段は2,200円でした。映画館入場料が800円、食パン一斤が70円、ビール大瓶1本が160円、大卒初任給が5万7000円、新聞購読料が月1,100円の時代に、2,200円のゲームが高く感じたか安く感じたかはわかりませんが、300円ぐらいの雑誌を買うだけで人気のゲームを自分の(家の)ものにできるのは、子どもたちだけでなく親にとってもありがたいことだったのでしょう。
少女漫画誌のふろくには、学年誌から10年ほどの時間を経て、『りぼん』1985(昭和60)年6月号に本格的なオセロゲームがようやく登場しました。

写真右:オセロゲーム(りぼん 昭和60年6月号)
写真左:オセロゲーム(小学二年生 昭和50年4月号)※参考
昭和40年代の終わりから昭和50年代の少女漫画誌のふろくは、雑誌生まれのスターである「マスコットキャラクター」(18.雑誌が生んだ人気者 (1)マスコットキャラクター 参照)と「人気漫画家」(19.雑誌が生んだ人気者 (2)憧れの先生・まんが家 参照)、そして「人気漫画」(20.雑誌が生んだ人気者 (3)連載漫画のTVアニメ化 参照)の紙製実用グッズ(21.規制への挑戦 (1)紙でどこまで作れるか 参照)が中心だったため、いかに人気のゲームとはいえ入り込む余地をなかなか作れなかったのかもしれません。実際「オセロゲーム」もこの号のトップふろくではなく、人気漫画の組み立てバッグ、別冊漫画、ビニールバッグに次ぐ4番手扱いでした。
それでも、日本オセロ連盟公認のお墨付きをもらったこのふろく。タテ約20cm×ヨコ約17.5cmでコマ(石)の直径は約1.7cm。軽くて折りたたんで持ち歩けるのでどこででも遊べて、両端の黒い部分に入ったピンクのハートが少女らしさを感じさせます。
本誌のふろく説明ページに「お父さんやお母さんに勝てるチャンス、大ありよ!」とあるように、一見単純に見えるオセロゲームのルールですが意外と奥が深く、初めに多くコマを取っていても終盤に一気に逆転されてしまうこともよくあり、最後まで気が抜けません。年代を問わず平等に対戦することができ、説明どおり子どもが大人に勝つチャンスも十分にあるのです。
少女たちからは「私と妹はいつも2人でふろくを分け合ってるから、今月はオセロをやって買ったほうが好きなのをとれることにした」「オセロゲームありがとう、これは父からの伝言です。毎日私と父はオセロゲームばっかりやってます」といった感想が寄せられました。お父さんもトリコにしてしまった恐るべしふろく。家族のコミュニケーションにも一役買いましたね。
今回、オセロゲームのことを調べて友だちや家族と対戦していたときのことを思い出し、相手のコマをひっくり返したときの“パチン”という音や感触、爽快感を久々に味わってみたくなりました。家で遊ぶことが多くなったこの時期ですが、PCやスマホの画面を見るだけでなく、アナログなボードゲームをもう一度楽しんでみる良い機会になりそうです。
〈参考文献〉
『学年誌が伝えた子ども文化史 昭和40~49年編』小学館 2018年
『日経ヒット商品番付 1971-2010』日経MJ(流通新聞)編 日本経済新聞出版社 2010年
『昭和Quanto〈クアント〉 最新懐かしオモチャヒットパレード』株式会社ネコ・パブリッシング 2008年
『週刊昭和タイムス 29号』(株)ディアゴスティーニ・ジャパン 2008年
『週刊日録20世紀 1973年』講談社 1997年
『戦後値段史年表』週刊朝日 編 朝日新聞社 1995年
「日本生まれのオセロ いまや世界のゲーム」読売新聞 昭和54年11月1日夕刊
「トピックス オセロ」読売新聞 昭和48年4月29日朝刊
「脚光を浴び出した新ゲーム オセロ」読売新聞 昭和48年4月12日夕刊
「オセロ公式サイト」株式会社メガハウス
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