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2015年9月25日 (金)

行列しても食べたい! あこがれ☆おやつ

 今でこそ店舗や種類も増えて、近場で気軽に食べられるようになった専門店のアイスクリームやクレープですが、日本に広まり始めたころは、子どもたちにとってはオシャレな大人のおやつ、憧れのおやつだったのです。

 昭和59年、東京・青山に「ハーゲンダッツ」1号店がオープンします。アイスクリームにフルーツソースやナッツ、カラフルなチョコスプレーなどのトッピングをかけるという、日本では新しい食べ方が話題となりました。翌60年には西麻布に「ホブソンズ」もオープン、どちらの店にも多くの人が殺到し、連日長蛇の列ができるという“アイスクリーム戦争”と名付けられるほどのブームが巻き起こりました。

 フランス発祥の洋菓子であるクレープを、持ち帰り専門として初めて日本で販売したのは、昭和51年に東京・渋谷にオープンした「マリオンクレープ」で、翌52年には原宿・竹下通りにも出店します。同年、同じ原宿・竹下通りに「カフェクレープ」がオープンし、アイスクリーム、生クリーム、フルーツの入ったクレープを原宿で最初に発売しました。ハンバーガーなどのファストフードがまだ出始めたばかりでもあり、専用の紙を巻いて包んだこれらのクレープは、片手で持って街を歩きながら食べてもサマになることで若者に人気となり、店には当然のように行列ができます。さらにテレビや雑誌で取り上げられたことで、原宿、特に竹下通りといえばクレープと言われるようにもなりました。

 もちろん、アイスクリームやクレープを食べたいという気持ちがメインだったとは思うのですが、若者にとってはお店に並ぶこと自体も楽しいファッションであり、マスコミで紹介された店や、青山、六本木、原宿というオシャレな街にわざわざ遊びに行くことが友だち同士の自慢にもなったのです。おやつ・お菓子においしく食べることだけでなく、ファッション性と希少性という付加価値をつけるのは、この時期のアイスクリームやクレープが始まりだったのではないでしょうか。 

 アイスクリームといえばホームランバー、ケーキなんて誕生日とかクリスマスとか特別なときにしか買ってもらえないし、原宿や六本木なんてどこにあるんだろう。でも、トッピングのアイスクリームやフルーツのクレープを食べてみたいなあ――
 こんな少女たちの願いに少しでも応えられるよう、アイスクリームやクレープをとりあげたふろくが登場しました。

 写真奥:じゃんぼアイスクリームBOX(なかよし 昭和63年7月号)
 写真手前左:愛すクリームシール(なかよし 昭和61年10月号)
 写真手前右:こんがりクレープギフト(なかよし 昭和61年10月号)

 「じゃんぼアイスクリームBOX」は直径約21cm×高さ約25cmのアイスクリームバレル型ボックス。「愛すクリームシール」はアイスクリームの香りつき。人気ショップ「ディッパーダン」「ロバーツ」「スェンセンズ」のロゴマークシールもあり、ちょっとだけショップでアイスクリームを楽しんでいる気分を味わえます。「こんがりクレープギフト」はチョコクレープの香りがついたギフトボックス。「これぞ原宿のかおり」というコピーからも、クレープが原宿の代名詞になっていたことがわかりますね。

 その後もティラミスやナタデココなどのオシャレなデザートや、並ばないと食べられない、手に入らないモノはたくさん出てきているのですが、自分にとっての“行列しても欲しい!”の原点は、やっぱり「ハーゲンダッツ」のトッピングと「マリオンクレープ」なのかもしれません。

 久しぶりに原宿に行って、クレープを食べたくなりました。

〈参考文献〉
『週刊日録20世紀 1985年・1986年』講談社 1998年
『週刊昭和タイムス 26号・46号』(株)ディアゴスティーニ・ジャパン 2008年
『Hanako 1989年10月19日号』マガジンハウス
「100年レシピ 至福のおやつ」読売新聞2014年8月7日朝刊

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