« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年9月の4件の記事

2015年9月 4日 (金)

「プ~ッ」とドッキリさせちゃおう!

 「このイスに座ってください」
 こんな言葉ではじまるドッキリに、ひっかかってしまったことありませんか?

 丸い形をしたゴム製の袋、「ブーブークッション」に空気を入れてふくらまし、イスの上に置いてクッションなどで隠します。気づかずに座ってしまうと「プー」「ブリッ」など恥ずかしい音が鳴り、「あーっ、今○ならしたでしょう!」とあらぬ疑いをかけられてしまうという恐ろしいドッキリです。昭和50年代に放送されていたドッキリ系のTV番組でも、アイドルたちにインタビューと称してこのクッションを仕掛けたイスに座らせる、「ブーブーインタビュー」のコーナーが人気となりました。

 ジョークグッズとして現在でもよく使われている「ブーブークッション」は、「へんな子ちゃんセット プープークッション」(りぼん 昭和43年8月号)のように、昭和40年代からふろくになっていた、少女たちにもなじみのイタズラおもちゃだったのです。

 写真左:スパンクのドッキリプープークッション(なかよし 昭和55年7月号)
 写真右:ドッキリPUPUクッション(なかよし 昭和60年4月号)

 こちらは人気漫画のキャラクターが描かれた、ビニール製の「ブーブークッション」です。「ストローで息をふきこむとらくにふくらみます。またふくらませすぎないように気をつけてね」や「お友だちのざぶとんの下におくの。すわればビックリまちがいなし!」「ふとった人には空気をいっぱいに、やせた人にはちょっぴり(体重のカンケイよ)」といった、まだ「ブーブークッション」で遊んだことのない少女たちにもわかりやすい説明やアドバイスがされています。それだけでなく、事後の影響も考えて、「ただし、パパのたいせつなお客さまなどには、ゼッタイにしないこと」や「ただしやりすぎに注意! 授業中にはしないでね」という注意事項も忘れていません。

 「おかあさんがいつもすわっているいすにおいて、ねぼけ半分のおかあさんにすわってっていったの。そして、Pu-!って大爆音。おかあさんも、やっと目がさめました」や「家庭訪問にきた先生のざぶとんの下にしかけといたら、モロ、ブー! もう爆笑よ」と、してやったりの成功報告の一方で、「弟がすわると、“プッ”とかわいい音なのに、わたしがのると“ブホッ”…… なんか、うらみでもあんのレスか?」と悲しいお便りも。

 これらは子どもだからこそ許されるかわいいイタズラであって、ふろくコーナーの担当編集者が「編集長のイスにおいておこられたのは、わたしです」とコメントしたように、大人がやるとシャレにならないこともあるようですね。

 ふろくを使って、かわいくドッキリさせちゃいました!

2015年9月11日 (金)

めざせ! ウワサのおじょうさま

 昭和60年代のはじめに起こった「お嬢さまブーム」。
 これは、日本テレビ系で放送されたバラエティー番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の中で、高田純次や兵藤ゆきが、都内有名女子大学やインターナショナルスクール、軽井沢、芦屋、鎌倉、京都などに行き、その場所の知る人ぞ知る“お嬢さま”を面白おかしく探すという「お嬢さまを探せ」(昭和60年6月から放送)のコーナーが人気となったことがきっかけとも言われています。また、今や“お嬢さま”の代名詞ともいえる“白鳥麗子”という名前も、この番組の「女子大生300名にインタビュー お嫁に行きたい名前(昭和60年7月放送)」で“白鳥”が第1位になったことから、実在する“憧れの白鳥麗子さん”を探しにいったことで知られるようになり、その後漫画やCMのキャラクターにも名付けられました。

 番組の中で紹介される“お嬢さま”たちは、美人でお金持ちで上品な人たちばかりだけれど、テレビを見ている少女たちにとってはおとぎ話の中のお姫さまや芸能界のスターよりも身近な憧れの存在となりました。

 そんな中、『なかよし』では昭和61年9月号のふろく全てを「ついにでました! うわさのおじょうさま10大ふろく」として、“お嬢さま”をめざす少女たちを全力でサポートしたのです。


 写真(1):なかよしおじょうさまタイムス
 写真(2):ななちゃん シャワーキャップ
 写真(3):ななちゃん ポストカード
 写真(4):ななちゃん海ちゃん おじょうさまポーチ
 写真(5):ひみつリップギフト
 写真(6):おじょうさま電話メモ
 写真(7):わんころべえ ドッキドキおじょうさまテスト
 写真(8):ほんのりおじょうさまティッシュ
 写真(9):おじょうさまクラブメンバーズカード
 写真(10):ごきげんようおじょうさまシール

 シャワーキャップは「おしゃれおじょうさまのとっておきグッズ」、ポストカードとひみつリップギフト、ごきげんようおじょうさまシールは「ちゃめっけたっぷりおじょうさまをめざすあなたにぴったりのふろく」、そして「おじょうさまのことならこれですべてOK! これを読んであなたもイッキにおじょうさま! おじょうさまタイムスを読んだあとに、おじょうさまテストをやってみて。きっとあなたはカンペキおじょうさまのはず!」といたれりつくせりです。

 お風呂でシャワーキャップを使い「鏡を見て、ああわたしはおじょうさまと見とれてしまう」とお嬢さまになりきって楽しんでいる少女がいる一方で、おじょうさまテストで「けっしておじょうさまとはいえない」と厳しい結果が出てしまったが「おじょうさまタイムスで、いっしょうけんめいおじょうさまについてのおべんきょーをしている。こんなわたしですが、はれておじょうさまになれるでしょうか?」と悩める少女も。

 しかし、「おじょうさまタイムス」によると、『なかよし』が提唱する“86年版おじょうさま”とは、これまでの“美人でおしとやかでお金持ち”なイメージの“お嬢さま”はもう古く、「勉強もスポーツも大スキ。友だちやボーイフレンド、たくさ~んいます。とびきり明るくて元気いっぱいなの!」だそう。

 毎日を明るく楽しく元気に過ごしていれば、きっと誰だって“おじょうさま”になれるんですよ。

〈参考文献〉
『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』日本テレビ放送網株式会社 1986年

2015年9月24日 (木)

気になるカレとファミコンしたい!

 東京で大規模なゲームショウが毎年開催されるなど、今やすっかりゲーム大国となった日本。ゲームで遊ぶといえば、かつては数名集まって人生ゲームやトランプなどを部屋で広げていましたが、現在では一人一人が手のひらサイズのゲーム機を携帯し、好きな時間に好きな場所で気軽に楽しめるようになりました。
 その第一歩は昭和58年7月に任天堂から発売された家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」、いわゆる「ファミコン」の普及といえるでしょう。他メーカーの家庭用ゲーム機に比べて安価な価格設定で子どもにも手の届きやすかったことと、昭和60年9月に発売されたゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」のヒットによって、爆発的に売り上げを伸ばし「ファミコンブーム」を巻き起こします。さらにゲームの解説や裏ワザを紹介する“攻略本”や“必勝本”も次々と発売され、わかりやすくゲームを楽しむことができるようになったことで、子どもたちの間にも急速に広まっていきました。

 そして少女漫画雑誌でも「ファミコン」のふろくが登場します。当時はテレビゲームといえば、まだまだ男の子の遊びというイメージがあったのですが、少女向け雑誌でもとりあげられたことで、子どもの生活に「ファミコン」が完全に定着したことが見てとれるでしょう。

 写真上:別冊 MY LOVE COMICS『ファミコンまりクン』掲載号(ちゃお 昭和61年)
 写真下:ちゃめっこクラブスペシャル ファミコンゲームランド(なかよし 昭和62年11月号)

 『ちゃお』のふろくには、別冊まんがが1点のみだった時期がありましたが(15.新規参入-『ちゃお』の場合参照)、この「別冊 MY LOVE COMICS」で昭和61年5月~11月号の約半年にわたり、ファミコンゲームをテーマにした漫画『ファミコンまりクン』が掲載されました。ファミコンが好きだけど初心者レベルの主人公・まり子は、ファミコン熱中少年の桃くんと仲良くなりたいのですが、なかなか素直になれません。ある日、まり子は突然ゲーム画面の中に吸い込まれてゲームのキャラクターになってしまいます。体を張ってゲームを進めていくまり子は、果たして最後までたどり着けるのか、そして桃くんとの仲はどうなるの? というストーリーです。人気ゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」「マイティボンジャック」のプレイ画面を漫画にして、解説や裏ワザをコメント的につけることでファミコン攻略本として使える一方、ファミコンに興味がなくても、素直になれない女の子とついいじわるなことをいったりしてしまう男の子、そしてライバルの女の子も現れる、かわいい恋愛漫画を楽しめます。

 『なかよし』ふろくの「ファミコンゲームランド」は、「ファミコン好きな子もよく知らない子もみ~んなおまかせ」のコピーどおり、自分に向いているゲームがわかるチャートテスト、女の子のためのファミコンベスト10、ママのオススメゲーム、ゲームをするときの約束事と、ここまでは普通の初心者向けファミコンゲームガイドなのですが……
 それだけではなく、「男の子に急接近! ファミコンで遊びながらBFもできる、夢のようなテクニックをキミだけに」として、「わからないことは迷わずきいちゃおう。得意になって教えてくれるよ」「オモシロシーンのある格闘技ゲームを男の子と対戦すれば、ニコニコ気分でエキサイトできちゃうよ」などのアドバイスのほか、カレがハマっているゲームでみる性格診断や相性占いもあり、ファミコン大好き男の子へのアタック法も研究できてしまうのです。    

 どちらのふろくにも、ただ「ファミコンがうまくなりたい!」だけではなく、「ファミコン大好きな男の子と仲良くなりたい!」という気持ちが込められているところに少女漫画雑誌らしさを感じます。気になるカレがファミコン大好きなことを知り、ファミコンなんてやったことないしよくわからないけど、ファミコンができるようになって少しでもカレに近づきたいなと思う少女たちにとっては、ただのファミコン攻略本ではなく男の子の攻略本としても役に立ったことでしょう。表現はあまり良くないのですが、ファミコンをダシにして好きな男の子と共通の話題を持ち、一緒に遊べるようになりたいという願いに応えてくれたふろくでもありました。

 ファミコンの部分をスポーツや音楽などにも置き換えられますが、今までは興味がなかったことでも、好きな男の子の好きなことをもっとわかりたいな~っていうのはよくあることですよね。

 みなさんは気になるカレと、一緒にファミコンできましたか?

〈参考文献〉
『週刊日録20世紀 1985年』講談社 1998年
『週刊昭和 No.39』朝日新聞出版 2009年

2015年9月25日 (金)

行列しても食べたい! あこがれ☆おやつ

 今でこそ店舗や種類も増えて、近場で気軽に食べられるようになった専門店のアイスクリームやクレープですが、日本に広まり始めたころは、子どもたちにとってはオシャレな大人のおやつ、憧れのおやつだったのです。

 昭和59年、東京・青山に「ハーゲンダッツ」1号店がオープンします。アイスクリームにフルーツソースやナッツ、カラフルなチョコスプレーなどのトッピングをかけるという、日本では新しい食べ方が話題となりました。翌60年には西麻布に「ホブソンズ」もオープン、どちらの店にも多くの人が殺到し、連日長蛇の列ができるという“アイスクリーム戦争”と名付けられるほどのブームが巻き起こりました。

 フランス発祥の洋菓子であるクレープを、持ち帰り専門として初めて日本で販売したのは、昭和51年に東京・渋谷にオープンした「マリオンクレープ」で、翌52年には原宿・竹下通りにも出店します。同年、同じ原宿・竹下通りに「カフェクレープ」がオープンし、アイスクリーム、生クリーム、フルーツの入ったクレープを原宿で最初に発売しました。ハンバーガーなどのファストフードがまだ出始めたばかりでもあり、専用の紙を巻いて包んだこれらのクレープは、片手で持って街を歩きながら食べてもサマになることで若者に人気となり、店には当然のように行列ができます。さらにテレビや雑誌で取り上げられたことで、原宿、特に竹下通りといえばクレープと言われるようにもなりました。

 もちろん、アイスクリームやクレープを食べたいという気持ちがメインだったとは思うのですが、若者にとってはお店に並ぶこと自体も楽しいファッションであり、マスコミで紹介された店や、青山、六本木、原宿というオシャレな街にわざわざ遊びに行くことが友だち同士の自慢にもなったのです。おやつ・お菓子においしく食べることだけでなく、ファッション性と希少性という付加価値をつけるのは、この時期のアイスクリームやクレープが始まりだったのではないでしょうか。 

 アイスクリームといえばホームランバー、ケーキなんて誕生日とかクリスマスとか特別なときにしか買ってもらえないし、原宿や六本木なんてどこにあるんだろう。でも、トッピングのアイスクリームやフルーツのクレープを食べてみたいなあ――
 こんな少女たちの願いに少しでも応えられるよう、アイスクリームやクレープをとりあげたふろくが登場しました。

 写真奥:じゃんぼアイスクリームBOX(なかよし 昭和63年7月号)
 写真手前左:愛すクリームシール(なかよし 昭和61年10月号)
 写真手前右:こんがりクレープギフト(なかよし 昭和61年10月号)

 「じゃんぼアイスクリームBOX」は直径約21cm×高さ約25cmのアイスクリームバレル型ボックス。「愛すクリームシール」はアイスクリームの香りつき。人気ショップ「ディッパーダン」「ロバーツ」「スェンセンズ」のロゴマークシールもあり、ちょっとだけショップでアイスクリームを楽しんでいる気分を味わえます。「こんがりクレープギフト」はチョコクレープの香りがついたギフトボックス。「これぞ原宿のかおり」というコピーからも、クレープが原宿の代名詞になっていたことがわかりますね。

 その後もティラミスやナタデココなどのオシャレなデザートや、並ばないと食べられない、手に入らないモノはたくさん出てきているのですが、自分にとっての“行列しても欲しい!”の原点は、やっぱり「ハーゲンダッツ」のトッピングと「マリオンクレープ」なのかもしれません。

 久しぶりに原宿に行って、クレープを食べたくなりました。

〈参考文献〉
『週刊日録20世紀 1985年・1986年』講談社 1998年
『週刊昭和タイムス 26号・46号』(株)ディアゴスティーニ・ジャパン 2008年
『Hanako 1989年10月19日号』マガジンハウス
「100年レシピ 至福のおやつ」読売新聞2014年8月7日朝刊

« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

管理人プロフィール

まぼろしチャンネル

  • powered by.

    ...トップページへ移動
無料ブログはココログ