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2015年6月の8件の記事

2015年6月 8日 (月)

ふろくの花園 園内案内

『少女漫画 ふろくの花園』は、昭和レトロ系総合サイト『まぼろしチャンネル』にチャンネル登録しています。
コンテンツの無断転載・引用を禁止します

〈カテゴリー:ふろくの花園〉について
このカテゴリーの記事は、2003~2004年にかけて『まぼろしチャンネル』に投稿していた内容の続きです。
こちらには第15回から投稿いたします。第1回~第14回は、右のリンク集よりご覧ください

〈リンク集:少女漫画雑誌 ふろくリスト〉について
少女漫画雑誌『なかよし』『りぼん』『ちゃお』『ひとみ』の創刊号からのふろくをリスト化したものです。
最新号については発売日以降に更新いたします

◆ご意見・ご感想ほか管理人へのご連絡は、右のメール送信よりお願いします

2015年6月 9日 (火)

開園のごあいさつ

本日はご来園ありがとうございます。管理人の加藤真名(かとまな)と申します。

雑誌の付録は今や、老若男女を問わず、みなさまにすっかりおなじみのものとなりました。
ページの間にはさまれる雑貨の数々を本誌以上に楽しみにされている方も多いのではないでしょうか。

しかし21世紀を迎える前までは、雑誌の付録は主に子どもたちに向けられたものでした。
子どもたちにとって雑誌の発売日は特別な日です。
買ってきた雑誌についていた付録で遊べるからなのはもちろんのこと、
雑誌の表紙をめくり、カラーの折り込みページを開くと来月号についてくる付録の予告が現れます。
それを見ると、また来月号の発売日が待ち遠しくてたまらなくなってしまうのです。

世の中に数多くある雑貨の中から、何が付録になるのかは予告をみるまでわかりません。
「来月のふろくは何だろう?」「来月のこのふろくも早く欲しい!」というワクワク感も含めて、
付録はまさに、雑誌から子どもたちに贈られるプレゼントといえるでしょう。

この“ふろくの花園”では、昭和30年に創刊され、今年創刊60周年を迎える少女漫画雑誌『なかよし』『りぼん』と、
昭和50年代前半に創刊された少女漫画雑誌『ちゃお』『ひとみ』にこれまでついてきた数々の付録を紹介いたします。

少女向けの付録は、組み立てて遊ぶおもちゃ的なものが主だった少年向けの付録とは一味ちがい、
文房具やファッション小物など、普段の生活で使ったり身につけたりする身近な実用品が中心です。
カラフルな色使いや、様々なデザインとアイデアで作られたそれらの付録を並べてみると、
まるでたくさんの花が咲き乱れるお花畑のようで、ずっと眺めていても飽きません。

雑誌を買えばもらえるプレゼントでありながら、漫画のことがよくわからない年少の少女にも雑誌を手に取ってもらうために、
少女漫画雑誌の付録には、少女たちの好きなモノ・欲しいモノが詰め込まれています。
なので、付録をみればそれぞれの時代の少女たちに人気があったものをたどることができるのです。
昭和30年代から現在までの様々な付録をみていくことで、その時代の空気も感じ取っていただければ幸いです。

それでは、時代を映し様々な彩りをみせる“ふろくの花園”へみなさまをご案内いたします。

ふろくの花園 15.新規参入-『ちゃお』の場合

 昭和50年代前半、少女漫画雑誌は創刊ラッシュ期を迎えました。作家も読者も増加したこの時期、様々な嗜好や要望によりきめ細かく応えるために、世代・ジャンル分けされた漫画雑誌が数多く誕生しています。その流れに乗るかのように、『りぼん』と『なかよし』が美しさやバリエーションを競い合っていた“ふろくの花園”にも、2つの新しい仲間が加わることになりました。

 まずは、昭和52年10月号が創刊号の『ちゃお』。“女の子が初めて出会う少女まんが誌”として、『小学○年生』でおなじみの小学館から発行されました。
 創刊当初の作家は、上原きみこ先生、鈴賀レニ先生、樫みちよ先生、河野やすこ先生、三浦浩子先生ほか。“初めてまんがを見る子でもわかるまんが”を掲げていたのですが、中には現実的でシビアな、泥臭い人間関係を描いた作品もあり、同時期の『りぼん』をおとめちっくな雰囲気重視の「トレンディドラマ」、『なかよし』をスケールの大きな読ませる物語「大河ドラマ」だとすると、『ちゃお』は「昼の連ドラ」に例えられるかもしれません。


 創刊号のふろくは以下の7点です。

 ・ファンシーケース
 ・ロングロングシール
 ・ラブラブノート
 ・アドレス表つきマスコットバッグ
 ・かべかけスイートメモ
 ・相性テストカード
 ・生まれ月による恋のうらないブック

 このように『りぼん』『なかよし』の2大巨頭に割って入るかたちで創刊された『ちゃお』なのですが、実は創刊から10年ほどの間にふろくのスタイルを三度も変えるという、波瀾万丈の道のりをたどってきたのです。

 創刊当初の『ちゃお』のふろくは、他誌にならったノート、レターセット、紙袋などの定番品ともいえる実用小物数点なのですが、複雑な組立を必要としない、すぐに持ち歩けるケースや小物入れ、ファイルを毎号のように登場させています。大学ノートサイズの「ジョイジョイケース」と文庫本サイズの「コンパクトケース」(ともに昭和54年5月号)や、六角形の「ハッピーサマーケース(昭和54年8月号)」、ひみつの入り口がついた「ファインケース(昭和54年9月号)」など、同じようなモノが続いても形や大きさを変えて、少女たちを飽きさせないよう工夫をこらしていました。

 また、占い・料理・手芸・おしゃれをとりあげた実用記事やアイドル・お笑いなどの芸能情報を別冊として、一生使える星占いのきわめつけ「愛の星占い百科(昭和 55年2月号)」、おしゃれと手作りとクッキングの大特集「手作り大特集ティーンズHAPPYライフ(昭和55年5月号)」、美しくなるための秘訣がギッシリの「愛のおしゃれ百科(昭和55年7月号)」などのふろくにすることで、少女たちが生活の幅を広げられるように心配りがなされていました。
 特に、昭和53~57年の4年にわたって、12月に発売される1月号のふろくになった「ヒットソングブック」は、友だち同士のクリスマスパーティーや新年会に役立つだけでなく、年末年始に家族そろってレコード大賞と紅白歌合戦を楽しむこともできるという、世代間をつなぐコミュニケーションツールでもあったのです。

 “完成度の高さ”と“生活範囲の拡大”に重点をおいたふろくで、『りぼん』『なかよし』との差別化を図ってきた『ちゃお』ですが、創刊4年目を過ぎたころから少しずつ陰りが見えはじめました。
 同時期の『りぼん』『なかよし』のふろくが、大型組立ボックスや新しい素材を使用したバッグなど新しい発想やダイナミックさを感じさせる一方で、『ちゃお』のふろくはカードやカセットレーベル、シール、ポスターなど平面的で動きのないものが目立つようになり、毎月の点数も 3点ほどに減ってくるなど明らかに質が落ちてきていました。発行部数も『りぼん』『なかよし』は100万部をはるかに超えていましたが、『ちゃお』はその半分以下の 50万部ほど。時おり、組立ボックスやビニール製のバッグがついても、『りぼん』『なかよし』の後追いというイメージを読者に与えてしまい、どうしても後発誌である感は否めませんでした。

 そこで、創刊から8年目を迎えた昭和59年、『ちゃお』のふろくは思いきった方向転換をすることになったのです。

 昭和59年9月号より、これまでの実用小物数点というふろくのスタイルから、『マイラブコミックス』という単行本サイズの140Pほどの別冊まんがシリーズ1冊のみになりました。
 「ちゃおのまんが大好き。ふろくにもまんがをつけて、読みごたえを増やしてほしい」「シールやボックスもほしいけど、ドーンとぶ厚いまんがの別冊ふろくもつけて」などの、アンケートふろく希望ナンバーワンという読者の声に応えるかたちだったのですが、実のところは、売上げや小物ふろくを作るコストなど商業的な面が大きく影響していたのかもしれません。ただ、作家とまんがに関しては他誌と比べて遜色がないという手ごたえが編集部にはあったようで、思い切って本誌のページを増やし、まんがに力を入れることにしたのです。それでも別冊というかたちでふろくを残したのは、“雑誌にふろくがついている”というお得感を読者に与えたかったからなのでしょう。


 「ちゃおのふろくがなくなった!」少女たちの間に衝撃が走りました。
この別冊ふろく1冊のみというスタイルは、その後3年ほど続くのですが、読者からの「以前のふろくのほうがよかった」という声があったからなのか、ノート、レターセット、ポスターなども次第にプラスされるようになり、『マイラブコミックス』は昭和 62年11月号でシリーズ終了となりました。

 昭和62年の終わりごろから、『ちゃお』のふろくに紙バッグ、ファイル、ノート、レターセットなどの実用小物が再度登場します。ただ創刊当初とは異なり、あえて点数を 1~3点と絞り、その分上質の紙を使ったり、ノートのページ数を増やしたりと、使用する素材の質を高めました。またデザインや色使いも市販のグッズを意識してか、動物のキャラクターイラストが中心で、少女まんがらしさや子供らしさを極力おさえています。こうして、数は少ないながらも豪華さと大人っぽさを強調することで、他誌とは違う“ちゃおブランド”のふろくを少女たちにアピールしていたのです。


 しかし、その“高級志向・少数精鋭主義”も1年ちょっとと長くは続かず、時代が平成に変わるころには、他誌と同じく連載漫画のキャラクターが描かれた文房具数点のふろくスタイルとなり、平成5年ごろからは点数も増えていきました。4年と数か月という短い間に行われた『ちゃお』のふろく戦略も、創刊当初のスタイルに戻ることで終結したのです。

 『ちゃお』のメインターゲットは小学校高学年の女子なのですが、実際の読者層はもっと幅広いため、小物ふろくのほうが彼女たちの好みに合わせやすく、特に年少の読者はまだ嗜好が定まっていないこともあり、実用文房具だけでなくおもちゃ的なものまで、様々な種類のものをそろえる必要があります。こまごまとしたふろくがセットされている袋を開けて何が入っているかを見る楽しみもあるため、少女たちにとってはたとえ上質のモノでも、点数が少なければ受け入れられない場合もあるのです。

 ふろくのスタイルを創刊から三度も変えるという、目まぐるしくも大胆かつ柔軟なふろく展開は、これまでの伝統にとらわれる必要のない後発誌だからこそとれた戦略なのかもしれません。これらの試行錯誤によって、もともと持っていた読者への心配りに加え、読者である少女たちがふろくに何を求めているのかをつかむことができたのでしょう。
 『ちゃお』は現在でも『りぼん』『なかよし』といっしょに、少女たちにふろくを届けつづけています。

〈参考文献〉
『別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界2』平凡社 1991年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2007年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2007年

※2008年8月に書いたものを投稿しました

2015年6月10日 (水)

ふろくの花園 16.新規参入-『ひとみ』の場合(前)

 『ちゃお』の創刊から半年後、もうひとつの新しい仲間が「ふろくの花園」に加わりました。

 それは、『少年チャンピオン』でおなじみの秋田書店から発行された『ひとみ』。創刊は昭和53年4月号なのですが、実は昭和30年代にも一度、同名の少女雑誌が発行されていたのです。

 『りぼん』『なかよし』の創刊から3年後、昭和33年8月号が初代『ひとみ』の創刊になります。これらの少女雑誌は、すでに発行されていた『少女ブック』『少女クラブ』などよりも年少の、とりわけ“ベビーブーム世代”と呼ばれる、昭和22~24年生まれの少女たちをメインターゲットにしていました。また昭和33年前後は、作家たちの様々な才能が花開き、少女漫画の基盤が形づくられていった時期ともいわれています。本格的な少女漫画時代の幕開けと時を同じくして、圧倒的な人数をほこる新しい世代の読者たちを得た少女雑誌界。その盛り上がりは、昭和50年代前半の少女漫画雑誌の創刊ラッシュ期とどこか似ているような気がします。

 初代『ひとみ』の内容は、子役スターの表紙やグラビア、漫画よりも幅をきかせていた絵物語、そして欄外ハシラの一行豆知識など、まだ完全な漫画雑誌にはなっていない少女向けの総合情報誌という、当時の少女雑誌のスタイルを踏襲していました。

 創刊号のふろくは以下の5点です。

 ・トモ子ちゃんもしている うでかざり
 ・夏のジュニアバッグ
 ・別冊まんが 月のひとみ

 ・別冊まんが バレエ靴のひみつ
 ・夏休みレターセット

 その後もレターセットや手帳、紙袋にはじまり、昭和30年代ならではの様々なふろくを少女たちに贈り続けました。

 本誌の連載漫画の続きを楽しめる別冊漫画、ブロマイドをはじめとした人気スターグッズ、学習に役立つ「全国名所パノラマえはがき(昭和33年9月号)」「少女のための社会科事典(昭和36年2月号)」、バレエをとりあげた「バレエブローチ(昭和35年10月号)」「バレエ立体えはがき(昭和36年2月号)」、アクセサリーやファッション小物も「クリスマス十字架うでかざり(昭和33年12月号)」「プリンセスネックレス(昭和34年2月号)」「金のちょうちょうブローチ(昭和35年6月号)」「プリンセス水泳帽&ひとみサングラス(昭和34年7月号)」、「おしゃれベルト(昭和34年5月号)」「おしゃれチーフ(昭和35年11月号)」など多数。

 洗濯もOKの「ペパロン製エプロン(昭和33年9月号)」や交通標識をデザインした「サイン・ブローチ(昭和36年3月号)」には“これだけでもデパートでかえば百円します”や“今、東京で大流行”といった少女たちの心をくすぐるコピーが踊ります。

 もちろん、「おしゃれうちわ(昭和34年9月号)」「手芸人形(昭和35年5月号)」ほか、当時絶大な人気を誇っていた内藤ルネ先生デザインのふろくも忘れていません。

 さらに、皇太孫(当時)の誕生記念ふろくである「王子さま王女さま?写真スタンド(昭和35年4月号)」は、本誌と同じB5サイズの豪華版写真立て。左側に皇太子さま(当時)、右側に美智子さまの写真が印刷され、中央に生まれた赤ちゃんの写真を入れて机などに飾るという、“ご生誕”に沸いた世の中の熱気を感じ取ることができるふろくです。

 しかし、初代『ひとみ』は創刊からわずか3年弱、昭和36年4月号で休刊(※注)となってしまいました。秋田書店は同時期に『中学生画報』『小学生画報』を新たに発行しており、低学年の少女向きに特化した雑誌よりも、より幅広い層を対象とした児童・生徒向けの雑誌に力を入れることにしたようです。

 最終号のふろくは以下の5点+本誌とじこみ1点でした。

 ・花のヘアーバンド
 ・別冊ひとみカラーアルバム
 春のヨーロッパ
 ・ナプキンつき
 お料理セット
 ・別冊まんが あした光る星

 ・別冊まんが スーパーローズ
 ・本誌とじこみ スタージャケット

 次号の本誌、ふろくのお知らせがないところは最終号らしいのですが、ほとんどの連載が「5月号につづく」になっていたり、読者ページなどはお便りを引き続き募集中、休刊についての告知やあいさつも見当たらなかったため、本当にこの号で休刊になるようには思えませんでした。当時どのような進行で雑誌がつくられていたのかはわからないのですが、もしかしたら、休刊は急に決まったことだったのかもしれませんね。

 それから17年後に再び発行される、昭和50年代の『ひとみ』については後編へ。

※注:『国立国会図書館 NDL-OPAC』の「休・廃刊注記」では「以後廃刊」になっています
〈取材協力〉
弥生美術館
〈参考文献〉
『別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界2』平凡社 1991年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2007年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2007年

※2008年8月に書いたものを投稿しました

ふろくの花園 17.新規参入-『ひとみ』の場合(後)

 初代の休刊から17年の時を経た昭和53年、少女たちのもとに『ひとみ』が再び戻ってきました。創刊当初の作家はあしべゆうほ先生、細川知栄子先生、イケスミチエコ先生、しらいしあい先生、せがわ真子先生、星合操先生ほか。掲載された漫画の中では、フィギュアスケートを題材にした「虹色のトレース(田中雅子先生・昭和53年9月号~)」が印象に残っています。スケート初心者の主人公が選手としてステップアップしていく過程を、競技ルールや技の説明とともにわかりやすく描いており、小学生だった私はこの漫画がきっかけで、フィギュアスケートのファンになりました。


 創刊号となる、昭和53年4月号のふろくは以下の9点。

 ・せがわ真子のファンシーバッグ
 ・アーリーアメリカンレターセット
 ・プチラック
 ・ペアブックマーク
 ・ひとみオリジナル時間わり
 ・わたしのボディーメモ
 ・ひとみプリティープレート
 ・ラブリィーアドレスカード
 ・チーコのチャーミングシール

 『りぼん』『なかよし』『ちゃお』同様、文房具などの実用小物数点をベースとしていました。しかし、まだなじみの薄い新雑誌を少女たちの目に留めさせるため、創刊当初の『ひとみ』のふろくには、他誌では見られなかった独自のアイディアが盛り込まれていたのです。

 まずは、少女たちが大好きな星占いコーナー。他誌では見開き2ページが主であったこのコーナーを、昭和54年9月号から約5年もの間、別冊ふろく「星占いハンド・ブック」として独立させることに。毎月の運勢に、「BF星座別アタック法」「星座別母親操縦法」「星占い式シェイプアップ法」「星占いで見る世界の大異変」「マイ・フレンドのつくりかた」「新学期実力アップの勉強法」などの月替わり特集ほか、B6サイズ・30ページ前後のボリューム満点&本格的な内容です。これを手に取った少女たちからの反響も大きく、「学校でも大人気だよ!」「あたってる!」「ひとみの星占いってすごい!」といった絶賛の手紙が毎号のように寄せられていました。

 ふろくのノートやファイルの裏表紙、紙袋の底などには、“りぼん○月号ふろく”“なかよし○月号ふろく”といった表記が、割と目に付く色や大きさで印刷されていることがあります。雑誌の付録には、「雑誌名と月号を記載し、その雑誌の付録であることを明示する」という決まりごとがあるからなのですが、「かわいいから学校で使いたいんだけど、これだとふろくってわかっちゃうからちょっとイヤだな……」と、頭を悩ます少女も。そこで、『ひとみ』のふろくは“Presented by HITOMI ~”という英文表記を付け、本来の“ひとみ○月号ふろく”の表記を省くか、ごく小さな文字で目立たぬ場所に置くことで、ふろくであることをバレにくくしました。“○月号ふろく”の部分をテープやマジックで隠したりしなくても、これなら気軽に学校に持って行けそうですね。また、「横文字で何か書いてあって、大人が持ってるモノみたいでカッコいい!」と、ちょっぴりおませな少女たちの心をくすぐって、『ひとみ』のふろくを好きになってもらおうという狙いもあったようです。

 横文字を使用して、大人っぽさやカッコよさを印象付けるという点では、ローマ字をまだ習ったばかりの小学生にとって、あまりなじみのない英単語をふろくの名前に多用したこともアイディアの一つです。「ラブリー・ファイル」「プリティ・バッグ」「ファンシー・ブックカバー」「メルヘン・ラック」など、カタカナ語として一般的なものが他誌ではよく使われています。しかし『ひとみ』はあえて、「ワンタッチシール・ディスペンサー(昭和53年6月号)※ワンタッチで取り出せるシールBOX」「ハイセンス・ライティング・シート(昭和53年8月号)※下じき」「ロンギング(longing=あこがれ)・バッグ(昭和53年10月号)」「インレイド(inlaid=はめ込んだ)・メモ・ボード&メモ・ピクチャー(昭和54年10月号)※メモ・ピクチャーをメモ・ボードに差し込んで飾る」などの、意味のわかりにくいものも使用。それは、「『ひとみ』のふろくは、他の雑誌よりも“カッコよくて、オシャレで、オトナっぽい”特別なグッズなんだよ」という少女たちへのメッセージでもありました。

 これらのふろくは色使いもシックで落ち着いていたこともあり、実用性だけでなく、子供っぽいちゃちなモノをつい敬遠してしまう少女の気持ちを汲み取った、“本格的で、オトナっぽい、ファッショナブルなもの”を追求していたようです。そう考えると、冒頭に述べたフィギュアスケートの漫画も、キレイな衣装を着て技の美しさを競い合うファッショナブルな競技を、本格的なスポーツロマンとして描くという、“ファッション性・本格志向”を体現した一つの例だったのでしょう。『りぼん』の持つおとめちっくなお姉さんぽさとはまた一味ちがう、個性的でカッコいいオトナっぽさと、見ている人は少ないけれど見た人はハマってしまう面白さを持っていたということで、当時の『ひとみ』は深夜に放送されるスタイリッシュなドラマを思わせます。

 「星占いハンド・ブック」や難しい横文字の名前をつけたふろくがなくなった後も、“独自のアイディア・ファッション性”を大切にしてきた『ひとみ』とそのふろくなのですが、創刊から13年後の平成3年、二度目の別れがついにやってきてしまったのです。秋田書店は昭和の終わりごろから、『サスペリア(昭和61年)』『ミステリーボニータ(昭和62年)』といった少女漫画誌のほか、当時流行り始めていたレディースコミック誌を相次いで創刊させていました。『りぼん』『なかよし』が圧倒的な強さを誇る中、初代休刊の時と同じく、低学年の少女向けに特化し、わざわざ付録までつけた雑誌の必要性をもう感じなくなったからなのかもしれませんね。 

 最終号となる、平成3年8月号のふろくは以下の4点。

 ・ゆりのサマータイムレターセット
 ・やよいの夏休みレターセット
 ・ひとみサマーポストカードセット
 ・みほのいろいろサマーカード

 この号には、初代の最終号に見当たらなかった休刊のあいさつが載っていたため、「愛読者の少女たちに、今度はきちんとケジメをつけることができたんだ」と、少し救われた気持ちになりました。ただ、最終号の表紙をめくり、カラー口絵に次号ふろくのお知らせがなくなっているのを見て、なんともいえない寂しさを感じたことに変わりはありません。

 どちらの創刊も少女漫画雑誌の創刊ラッシュ期という似たような時期でした。少女漫画雑誌の世界が賑わいを見せるときに姿を現す『ひとみ』。はたして、三度目の登場はあるのでしょうか。

 方針を変えながらも生き残りの道を探った『ちゃお』と、当初の方針を持ち続けて身を引いた『ひとみ』。結果的に正反対の方向に進むことになりましたが、『りぼん』『なかよし』という伝統ある2誌と同じフィールドで競い合うために、いかに差別化を図るかということは共通の課題でした。まだ世間に十分に知れわたってない新しい雑誌を、少女たちにいかにして手にとってもらうか。そこで、人気作家・漫画に依存しなくても純粋にアイディアで勝負できるふろくは、まだ漫画のことがよくわからない少女たちにも、自分たちの雑誌や漫画の魅力をアピールできる絶好のツールになりえたのです。

 このように、新規参入2誌のふろくへの取り組みをみることで、今まで“ついていて当たり前”と思っていた少女漫画雑誌ふろくの役割・重要性が、少しだけでも感じ取れたような気がします。

 それでは、『りぼん』『なかよし』『ちゃお』『ひとみ』の4誌が咲き乱れる、昭和50年代以降の「ふろくの花園」へ、これからみなさまをご案内いたします。

〈参考文献〉
『別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界2』平凡社 1991年
『雑誌新聞総かたろぐ(1979年版~2007年版)』メディア・リサーチ・センター 1979年~2007年

※2008年8月に書いたものを投稿しました

2015年6月15日 (月)

『なかよし』『りぼん』創刊号のふろく

 昭和30年に創刊し、今年創刊60年を迎えた『なかよし』と『りぼん』。 それぞれの第一号のふろく(の一部)です。


写真左:えばなしイソップ(りぼん 昭和30年9月号)
 「おおかみのしっぱい」「ねこのすず」「りこうなこひつじ」「人まねろば」「いなかのねずみどん」など、13編のイソップ物語が漫画と絵物語で楽しめます。
  世界名作をふろくにすることで、この新しい雑誌が「子どもに安心して買い与えらえる、ためになる雑誌」であることを、保護者たちにアピールしていたのでしょう。

写真右:うらないブック(なかよし 昭和30年1月号)
 「手相占い」「干支占い」「人相占い」「夢占い」など、運勢よりも性格判断が中心で、星座占いはまだ広まってないようですが、この頃から少女たちは“うらない”を、友だちや家族とのコミュニケーションツールにしていたのですね。

 自分が子どものころに親しみ、21世紀の現在まで続く『なかよし』と『りぼん』のふろくの歴史がここから始まったのかと思うと、とても感慨深いです。

2015年6月26日 (金)

ふろくの花園 18.雑誌が生んだ人気者 (1)マスコットキャラクター

 昭和40年代後半、『なかよし』と『りぼん』は少女雑誌から少女“漫画”雑誌へと完全に姿を変え、昭和50年代前半には『ちゃお』と『ひとみ』が創刊されました。この4誌で美しさやバリエーションを競い合う昭和50年代の「ふろくの花園」は、これまでのように世の中の流行や少女たちの好きなもの、いわゆる世間の“人気者”をそのまま各誌で共有するのではなく、それをベースにして各誌オリジナルの“人気者”を次々と生み出していきます。
 その先の時代へとつながる、雑誌生まれの「キャラクターグッズ」の花園はどのように造られていったのでしょうか。

 少女漫画ふろくのキャラクターグッズ化をまず大きく後押ししたのは、サンリオをはじめとする市販のキャラクターグッズの大流行です。
 昭和46年に東京・新宿に直営店「ギフトゲート」第1号店をオープンさせたサンリオは、昭和49年に「ハローキティ」「パティ&ジミー」、翌50年に「リトルツインスターズ(キキとララ)」「マイメロディ」など、現在でもおなじみのオリジナルキャラクターとそれらのイラストが描かれた商品を続々と世に送り出しました。
 サンリオのほかには昭和53年ごろから、『学習・科学』でおなじみの学研が、ビクトリアファンシーシリーズとして「タイニーキャンディ(帽子をかぶった女の子)」「スリービッグリーズ(カバ・ゾウ・サイのトリオ)」、ソニークリエイティブプロダクツが「タマ&フレンズ(三丁目のタマ)」「バイキンくん」などのキャラクターグッズを発売しています。

 これらのキャラクターはただの“動物や女の子のかわいいイラスト”であるだけでなく、名前、性格、家族構成、住んでる場所、好きな食べ物、誕生日などの設定や背景があらかじめきちんと作られていて、キャラクターごとにストーリーを持っていたことが、これまでのファンシーイラストから進化した新たな魅力でした。
 ただの「登場人物」であるだけでなく、「性格、人格、その人の持ち味」という意味も持つ「キャラクター」という言葉どおりの存在なのです。
 思い返せば、サンリオグッズを持つ前は、筆箱や水筒に描かれた女の子のイラストに自分で「○○ちゃん」と勝手に名前をつけたり、「亜土ちゃんグッズ」などイラストを描いていた人のほうが印象に残っていたような気がします。

 学校や習いごとに持っていけるいろいろな文房具、おうちでつかう身の回りの生活用品など、これまでとは種類も数も格段に増えたグッズを買うために、少女たちは少ないおこづかいを子どもながらにやりくりして、近所のショップに足を運んでいたのです。そんな少女たちの楽しみはお店にならんだグッズだけではなく、プレゼントを買うと袋に貼りつけてもらえるオマケや、買った金額に応じてメンバーズカードに押してもらえるスタンプを集めることにもありました。
 オマケ欲しさに自分のものを買ったときでも「プレゼントにしてください」と言ったり、友だちがまだ行ったことのないショップのメンバーズカードを持っていることがちょっぴり自慢だったりと、グッズショップはもはや生活の一部となり、少女たちにとっての“駄菓子屋”だったのです。


 世の中の流行、少女たちの好きなもの、欲しいものを詰め込んできた少女(漫画)雑誌ふろくが、この一大ムーブメントを見逃すはずはありません。
 これまでなら市販のキャラクターをそのまま各誌で共有していたかもしれないのですが、昭和50年代を迎え、少女漫画はもう十分世間に認知されており、各誌に作家も揃っています。 市販の人気キャラクターグッズのテイストを取り入れた、それぞれの雑誌生まれのいわゆる「マスコットキャラクター」が描かれたふろくが登場しはじめたのです。

 「マスコット」という言葉には「幸運をもたらすお守りとして身近に置いて大切にする物。多くは人形や小動物。また、企業やイベントなどのシンボルとなるキャラクター」という意味があり、「マスコットキャラクター」はその雑誌を代表する存在ともいえるでしょう。

 昭和50年代初めの各誌のマスコットキャラクターは
  りぼん:キノコキノコ(キノコの姿をした妖精(?)・昭和47年12月号から連載開始)
  ちゃお:フリップ&フラップ(犬のような小動物)、ファニー&フレッド(男の子と女の子)
  ひとみ:ひとみのトミーくん(男の子)
 などがあげられます。


 ただの“かわいいイラスト”だけではない、設定・物語のあるキャラクターのふろくは、漫画と組み合わせてアピールしやすいのですが、少女漫画の繊細な絵柄をそのまま小物ふろくのイラストにすると、細かすぎてつぶれてしまうことがあります。そのため、ふろくによっては頭身を大きくするなどイラストを簡略化して、シンプルでかわいいキャラクターグッズのスタイルに近づけています。


 シンプルでかわいいキャラクターのイラストは小物が多い少女漫画のふろくにピッタリのため、デフォルメが許される4コマやショート、ギャグ・コメディ枠で、動物が主人公の漫画が連載されたり、繊細な絵柄のストーリー漫画でも、主人公のペットやお目付役として動物のようなかわいいキャラクターがしばしば登場することを考えると、もしかしたら、ふろくのための連載、ふろくのためのキャラクターというものもあるのかもしれないですね。

 そして、雑誌生まれのマスコットキャラクターといえば、『なかよし』の「わんころべえ」を忘れてはいけません。
 昭和51年1月号から連載開始となった「わんころべえ」は、なんと40年近くたった現在でも『なかよし』の4コマ枠をしっかりと確保しています。連載開始当初のふろくを見ると、サンリオグッズのテイストを取り入れて雑誌独自のものを作り出そうとしていることが感じとれます。
 まさに『なかよし』だけではなく、少女漫画雑誌を象徴する「ザ・マスコットキャラクター」なのです。


 雑誌生まれのマスコットキャラクターは、少女たちの間に流行ったものに自分たちの雑誌のテイストを加えて発信することで、昭和50年代の各誌の個性を形成するもののひとつとなりました。本格的なストーリー漫画だけではなく、これらのキャラクターが主人公の4コマ漫画などを掲載することで、雑誌の内容を幅広くすると同時に、ふろくにとってもかわいらしさ・キャラクター性を強調できるという役割も持ち合わせています。
 マスコットキャラクターの登場は、雑誌生まれの本格的なキャラクターグッズ時代の幕開けであり、シンプルなかわいらしさでまず年少読者をひきつけることができるそのふろくは、現在でも雑誌における重要な戦力となっているのです。

2015年6月29日 (月)

『ちゃお』『ひとみ』創刊号のふろく

 昭和50年代前半に創刊し、「ふろくの花園」に新たに加わった『ちゃお』と『ひとみ』。それぞれの第一号のふろく(の一部)です。


写真手前左より:ラブラブノート、生まれ月による恋のうらないブック、相性テストカード、ロングロングシール、アドレス表つきマスコットバッグ(ちゃお 昭和52年10月号)
 犬のような「フリップ&フラップ」や女の子と男の子「ファニー&フレッド」など、市販のキャラクターグッズを思わせるシンプルなかわいらしさを強調したデザインで、漫画はまだあまり読んでいない小さい子でも興味を持ちそうです。

写真奥左より:アーリーアメリカンレターセット、ひとみDREAMY SET(ひとみ 昭和53年4月号)
 「創刊記念!! 楽しさをパック」とかかれたDREAMY SETの袋には、プチ・ラック、ペアブックマーク、ひとみオリジナル時間わり、わたしのボディーメモ、ひとみプリティー・プレート、ラブリィーアドレス・カード、チーコのチャーミング・シールの7つのふろく入り。こちらは少女漫画の絵柄の美しさを前面に押し出しています。「アーリーアメリカン」という英語は、“何か意味はよくわからないけどかっこいい”モノにひかれがちな少女たちの心をくすぐったことでしょう。

 新しい雑誌の新しいふろくの登場で、少女たちにまた新しいお友だちができました。
 「いっしょに遊びたいな~」「早く会いたいな~」というワクワク感を、これまで以上に味わう機会が増えたのです。

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